「最も強い者が生き残るのではなく、変化に適応した者が生き残る」は、ダーウィンの名言として広く知られる言葉です。
ところが、この言葉はダーウィンの著作や手紙には出てこず、1960年代に別の人物が書いた文章がもとになっています。
ダーウィン本人の考えを知るには、『種の起源』や『ビーグル号航海記』、自伝、手紙など、原文が残っている言葉から読むのが確かです。
「適者生存」も、もとはスペンサーの言葉をダーウィンが後から取り入れたものです。
この記事のポイント
- 「変化に適応した者が生き残る」はダーウィンの言葉ではない
- 「適者生存」はスペンサーの言葉をダーウィンが後から取り入れたもの
- 確かな言葉は著作・自伝・手紙の原文で確かめられる
- 時間・学び・社会・生命について語った言葉を背景つきで紹介
ダーウィンはどんな人か
チャールズ・ダーウィンは、1809年にイギリスのシュルーズベリーで生まれた博物学者です。
22歳から約5年間、測量船ビーグル号に乗って世界を回り、南米やガラパゴス諸島などで動植物や地質を観察しました。
その観察をもとに考えを深め、1859年に自然選択による進化を説いた『種の起源』を出版しています。
1871年には人間の起源を論じた『人間の由来』を出し、1882年に73歳で亡くなりました。
ダーウィンの考えを本人の文章で確かめたい場合は、『種の起源』を読むのが近道です。
光文社古典新訳文庫の『種の起源』(上・下、渡辺政隆訳、2009年)は、一般の読者にも読みやすい新しい訳で出版されています。
この記事の後半で紹介する結びの一文も、下巻の最後で読むことができます。
\ 結びの一文を原典で /
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出典が確かなダーウィンの名言一覧
まずは、この記事で紹介するダーウィン本人の言葉を、英語の原文と出典つきで一覧にします。
和訳は、原文の意味が伝わるように当サイトで訳したものです。
| 名言(和訳) | 英語の原文 | 出典 |
|---|---|---|
| 1時間を無駄にしてしまう人は、人生の価値をまだ見つけていない | a man who dares to waste one hour of time, has not discovered the value of life | 姉スーザンへの手紙(1836年8月4日) |
| 無知は、知識よりもしばしば自信を生む | ignorance more frequently begets confidence than does knowledge | 『人間の由来』序論(1871年) |
| 誤った事実は科学の進歩をひどく妨げる | False facts are highly injurious to the progress of science | 『人間の由来』第21章(1871年) |
| 貧しい人々の悲惨さが自然の法則ではなく、私たちの制度によるものなら、私たちの罪は大きい | if the misery of our poor be caused not by the laws of nature, but by our institutions, great is our sin | 『ビーグル号航海記』 |
| すべての生き物への無私の愛は、人間の最も気高い性質である | disinterested love for all living creatures, the most noble attribute of man | 『人間の由来』(1871年) |
| この問題は、人間の知性にはあまりにも深すぎる | the whole subject is too profound for the human intellect | エイサ・グレイへの手紙(1860年5月22日) |
| この生命観には壮大さがある | There is grandeur in this view of life | 『種の起源』初版の結び(1859年) |
どの言葉も、ダーウィンの著作や、ダーウィンの手紙を公開しているケンブリッジ大学の「ダーウィン書簡プロジェクト」で原文を確かめられます。
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時間と学びについての言葉
ダーウィンは若い頃から晩年まで、観察と実験に多くの時間を注ぎ続けた人でした。
ここでは、時間の使い方や、知識との向き合い方について語った言葉を紹介します。
1時間を無駄にする人は、人生の価値を知らない
1836年8月4日、ビーグル号の航海の終わりが近づいていたダーウィンは、ブラジルから姉のスーザンに手紙を書きました。
その中で「1時間を無駄にしてしまう人は、人生の価値をまだ見つけていない」と記しています(出典:Darwin Correspondence Project)。
この手紙は、恩師のセジウィック教授がダーウィンの集めた標本を高く評価していると知り、喜びを伝える内容でした。
認められたことを励みに、これからも時間を惜しんで研究に打ち込もうという、若いダーウィンの決意が表れた言葉です。
無知は知識よりも自信を生む
1871年の『人間の由来』の序論で、ダーウィンは「人間の起源は決して分からない」と言い切る人たちに対して、次のように書いています。
「無知は、知識よりもしばしば自信を生む。この問題は科学では決して解けないと断言するのは、多くを知る人ではなく、わずかしか知らない人である」
知識が増えるほど分からないことの多さに気づき、慎重になるという考え方が表れています。
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誤った事実は科学の進歩を妨げる
同じ『人間の由来』の最後の章では、「誤った事実は長く残るため、科学の進歩をひどく妨げる」と述べています。
一方で、根拠のある誤った意見はあまり害がないとも書いており、その理由を「誰もがその誤りを証明することに有益な喜びを感じるから」と説明しました。
意見は議論の中で正されていくが、間違った事実はその上に積み上がる研究まで狂わせてしまう、という科学者らしい考え方です。
「愚か者の実験」を楽しむ
息子のフランシス・ダーウィンは、父の思い出の中で、ダーウィンが多くの人が試す価値もないと思うような実験を「愚か者の実験」と呼び、とても楽しんでいたと書いています。
たとえば、振動に敏感な植物が音を感じるかもしれないと考え、フランシスに植物のそばでファゴットを吹かせたこともありました。
思いつきを頭の中で退けず、まず試してみる姿勢が、ダーウィンの研究を支えていたことが分かります。
人間と社会へのまなざし
ダーウィンは自然を観察するだけでなく、人間の社会や道徳についても言葉を残しています。
ここでは、奴隷制への怒りと、人間の道徳について書いた言葉を紹介します。
貧しい人々の悲惨さが制度によるものなら
ビーグル号の航海中、ダーウィンはブラジルなどで奴隷制の実態を目の当たりにし、強い怒りを覚えました。
『ビーグル号航海記』では、奴隷の境遇をイギリスの貧しい人々と比べて奴隷制をかばう議論に対して、次のように反論しています。
「貧しい人々の悲惨さが自然の法則ではなく、私たちの制度によるものなら、私たちの罪は大きい」(出典:Project Gutenberg『The Voyage of the Beagle』)
そのうえで、それが奴隷制の正当化にどうつながるのか分からないと述べ、人の苦しみを仕方のないものとして片付ける考えを退けました。
すべての生き物への無私の愛
『人間の由来』でダーウィンは、人間の道徳心も、仲間を思う社会的な本能から少しずつ育ってきたものだと論じました。
その中で、仲間を助けるサルでも理解できないものとして挙げたのが、「すべての生き物への無私の愛」でした。
ダーウィンはこれを「人間の最も気高い性質」と呼んでいます。
一方で、人間と動物の心の違いは大きいものの、それは程度の差であって種類の差ではないとも続けています。
晩年の自己省察と生命への畏敬
ダーウィンは晩年、自伝の中で自分の生き方を静かに振り返っています。
ここでは、自分自身について語った言葉と、生命の成り立ちについて語った言葉を紹介します。
事実から法則を引き出す機械のようになった
ダーウィンは若い頃、シェイクスピアの歴史劇や詩を読むのが好きでした。
ところが自伝では、年を重ねるにつれて詩や音楽を楽しむ感覚をすっかり失ってしまったと、残念そうに書いています。
そして「私の心は、大量の事実から一般的な法則をひねり出す一種の機械になってしまったようだ」と振り返りました。
もし人生をやり直せるなら、週に一度は詩を読み、音楽を聴くようにしたいとも書いており、研究一筋の人生の代わりに失ったものを見つめた言葉です。
人間の知性には深すぎる
1860年5月22日、ダーウィンはアメリカの植物学者エイサ・グレイへの手紙で、生命の成り立ちに意図があるのかという問いについて書いています。
その中で「この問題全体は、人間の知性にはあまりにも深すぎると強く感じる」と記しました(出典:Darwin Correspondence Project)。
続けて「犬がニュートンの心を推し量ろうとするようなものだ」とたとえ、「人はそれぞれ、自分に信じられることを望み、信じればよい」と結んでいます。
分からないことを分からないと認める、ダーウィンの慎重な姿勢が表れた言葉です。
この生命観には壮大さがある
1859年の『種の起源』は、「この生命観には壮大さがある」で始まる一文で締めくくられています。
この惑星が重力の法則に従って回り続ける間に、ごく単純な始まりから、最も美しく最も驚くべき無数の生き物が生まれ、今も生まれ続けているという内容です。
初版の『種の起源』は、この文の最後に置かれた「evolved(進化した)」という語で終わっています。
生き物の多様さを、冷たい法則ではなく壮大な物語として見つめていたことが伝わる言葉です。
ダーウィンの言葉ではない名言
ダーウィンの名言として広まっている言葉の中には、本人の著作や手紙には出てこないものがあります。
ここでは、特によく見かける言葉の本当の出どころを紹介します。
「変化に適応した者が生き残る」
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残るのは、変化に最もよく適応した者である」は、ダーウィンの名言として最もよく知られた言葉です。
しかし、ダーウィン書簡プロジェクトによると、この言葉のもとはアメリカ・ルイジアナ州立大学の経営学者レオン・C・メギンソンが1963年に書いた論文です(出典:Darwin Correspondence Project)。
メギンソンは「ダーウィンの『種の起源』によれば」と前置きして、自分の言葉で内容を要約していました。
その要約が短く言い換えられながら広まり、いつの間にかダーウィン本人の言葉として扱われるようになったのです。
「適者生存」はスペンサーの言葉
「適者生存」という言葉を最初に使ったのは、イギリスの哲学者ハーバート・スペンサーで、1864年の著書『生物学原理』の中でした。
ダーウィンは自分の理論を「自然選択」と呼んでいましたが、友人のウォレスから、誤解を避けるためにスペンサーの言葉を使ってはどうかと勧められます。
その後、1869年の『種の起源』第5版で「自然選択、すなわち適者生存」という表現を取り入れました。
ここでいう「適者」は、強い者ではなく、その環境で子孫を多く残せた者という意味なので、「弱肉強食」と同じ意味で使うのは誤解です。
そのほかの誤引用
ダーウィン書簡プロジェクトは、次の言葉もダーウィンの言葉ではないと紹介しています。
- 生存競争では、環境に最もよく適応した者がライバルを押しのけて勝ち残る(1960年代の教科書の文章)
- 人類の長い歴史では、最も上手に協力し工夫した者が勝ち残ってきた(出どころ不明)
- 私たちが見る宇宙には、目的も善も悪もなく、無慈悲な無関心しかない(リチャード・ドーキンスの言葉)
どれもダーウィンの理論に関係していそうな内容のため、本人の言葉と取り違えられやすい例です。
ダーウィンの名言に関するよくある質問
「変化に適応した者が生き残る」はダーウィンの言葉ですか?
ダーウィンの言葉ではありません。
1963年に経営学者のメギンソンがダーウィンの考えを要約した文章が、本人の言葉として広まったものです。
ビジネスで「変化への適応」を伝えたいときは、どう紹介すればいいですか?
ダーウィンの名言としてではなく、経営学者メギンソンがダーウィンの考えを要約した言葉として紹介すると正確です。
言葉の内容そのものは、変化に対応する大切さを伝えるのに使えます。
ダーウィンの短い名言はありますか?
『種の起源』の結びにある「There is grandeur in this view of life(この生命観には壮大さがある)」が、短く出典もはっきりした言葉です。
姉への手紙にある「1時間を無駄にする人は、人生の価値をまだ見つけていない」もよく知られています。
「適者生存」は強い者が生き残るという意味ですか?
そういう意味ではありません。
その環境の中で子孫をより多く残せた性質が受け継がれていく、という意味で使われる言葉です。
ダーウィンの名言のまとめ
ダーウィンの名言として最も有名な「変化に適応した者が生き残る」は、本人の言葉ではなく、1963年に書かれた要約がもとになっています。
本人の考えを知りたいときは、著作や自伝、手紙など、原文が残っている言葉から読むのが確かです。
一つだけ持ち帰るなら、若いダーウィンが姉に書いた「1時間を無駄にしてしまう人は、人生の価値をまだ見つけていない」です。
今日の1時間を、自分が大切にしたいことに使ってみてください。