「かけがえのない人であるためには、いつも人と違っていなければならない」
ココ・シャネルの言葉として知られるこの一文は、伝記作家のマルセル・ヘードリッヒが、1971年の著書『Coco Chanel Secrète』に書き留めたものです。
シャネルの名言は、ネットで見かける形のまま受け取るより、本人名義の格言やインタビュー、聞き書き、伝記作家の記録をたどり、背景まで読むと考え方を正確につかめます。
有名な言葉の中には、本人が言った記録の見つからないものや、別の人の言葉をシャネルが引いたものも混ざっているからです。
この記事のポイント
- 本人名義の格言はVogue(パリ版)1938年9月号に31項目が載った
- 「人と違っていなければ」は伝記作家ヘードリッヒが書き留めた言葉
- 「モードは過ぎ去る、スタイルは残る」は1965年のインタビューで語った
- 「エレガンスとは拒むこと」はシャネルが言った証拠が見つかっていない
ココ・シャネルの名言一覧
この記事で紹介する言葉を、記録された資料と年つきで一覧にします。
| 言葉 | 記録された資料 | 年 |
|---|---|---|
| かけがえのない人であるためには、いつも人と違っていなければならない | ヘードリッヒ『Coco Chanel Secrète』 | 1971年 |
| 50歳の顔は、自分でそれにふさわしくならなければ | Vogue(パリ版)の格言集 | 1938年 |
| モードはいつも時代を映すもの | Vogue(パリ版)の格言集 | 1938年 |
| 美しい目とは、優しく見つめてくれる目だけ | Vogue(パリ版)の格言集 | 1938年 |
| 家は私たちの牢獄 | Vogue(パリ版)の格言集 | 1938年 |
| モードは過ぎ去る、スタイルは残る | McCall's誌のインタビュー | 1965年 |
| いつも取り去ること、決して足さないこと | Time誌の記事 | 1960年 |
| ファッションを浸透させるには映画の力が必要 | 映画雑誌『La Revue du Cinéma』 | 1931年 |
| 香水はラグジュアリーなもの | テレビ番組のインタビュー | 1969年 |
| ファッションは建築、プロポーションの問題 | ヘードリッヒ『Coco Chanel Secrète』 | 1971年 |
| 生きているかぎり、醜いものなど何もない | ヘードリッヒ『Coco Chanel Secrète』 | 1971年 |
| 香水はキスしてほしいところに | ボストン・グローブ紙、ヘードリッヒの伝記 | 1962年・1971年 |
| 5という数字はきっと幸運をもたらすから | 調香師エルネスト・ボーの回想 | 1946年 |
| スポーツ服を作ったのは自分のため | モラン『L'Allure de Chanel』 | 1976年 |
| 本が親友だった | モラン『L'Allure de Chanel』 | 1976年 |
同じシャネルの言葉でも、本人が書いたもの、取材で話したもの、ほかの人が書き留めたものでは重みが違うので、次の章から資料ごとに分けて紹介します。
ココ・シャネルとはどんな人か
ココ・シャネル、本名ガブリエル・シャネルは、20世紀の女性の服を大きく変えたフランスのデザイナーです。
1883年にフランス西部の町ソーミュールの施療院で生まれ、孤児院で育つなかで裁縫を覚えました(出典:swissinfo「L'exil suisse de Coco Chanel avant sa renaissance」)。
1910年にパリで最初の帽子店を開き、1912年にドーヴィル、1915年にビアリッツへ店を広げ、1921年には香水「N°5」を発表しています。
ジャージー素材の服やツイードのスーツ、リトル・ブラック・ドレスなど、動きやすくシンプルな服を次々に生み出しました。
第二次世界大戦が始まると店を閉じ、戦後は長くスイスで暮らしたあと、1954年に70歳を超えてパリで店を再開しています(出典:パリ市「Gabrielle Chanel en majesté au Palais Galliera」)。
戦争中の行動は、パリ市のこのページでも「問題のある」ものと書かれていて、ドイツ人将校との関係などが伝記でも取り上げられています。
1971年1月10日、パリのホテル・リッツの部屋で87歳で亡くなり、本人の希望でスイスのローザンヌに葬られました。
画家や詩人とも親しく、シャネル社の公式サイトでは、ピカソも親しい友人の1人として紹介されています。
同じ時代を生きた画家の言葉は、ピカソの名言を紹介した記事で読むことができます。
シャネルが自分の名前で発表した格言
シャネル本人の名義で発表された言葉として、最もはっきり記録が残っているのが、1938年の雑誌に載った格言集です。
フランスの『Vogue』1938年9月号には、ガブリエル・シャネル名義の「Maximes et Sentences(格言と警句)」という2ページの記事があり、31の格言が並んでいます。
伝記作家のハル・ヴォーンは、親しかった詩人ピエール・ルヴェルディがこの格言集づくりを手伝ったと書いていますが、どこまで関わったかははっきりしていません。
それでも本人の名前で発表された言葉なので、シャネルの考え方を知るうえで確かな資料の1つです。
20歳の顔は自然がくれたもの
格言集の中でよく知られているのが、年齢と顔について書いた3段の言葉です。
「20歳の顔は自然がくれたもの」「30歳の顔は人生が形づくるもの」と続き、50歳の顔は自分でそれにふさわしくならなければならない、と締めくくっています(出典:Quote Investigator「When You Are Young, You Have the Face Your Parents Gave You」)。
原文は「La nature vous donne votre visage de vingt ans」で始まり、Vogueのパリ版56ページに載っています。
年齢を重ねた顔には、その人の過ごし方が表れる、と受け取れる言葉です。
ただ、似た考え方はシャネルより前からありました。
1891年に出た回想録には、アメリカの政治家エドウィン・スタントンが1865年ごろ、50歳の男は自分の顔に責任がある、という趣旨のことを言ったと書かれています。
シャネルの格言は、そうした古い言い回しを自分の言葉で3段に整えたものと読むことができます。
モードはいつも時代を映すもの
同じ格言集には、ファッションと時代について書いた一文もあります。
「モードはいつも時代を映すもの、けれどばかげていれば忘れられる」という意味の言葉です。
原文は「La mode est toujours un reflet de l'époque, mais on l'oublie si elle est bête.」です。
流行は時代と切り離せない一方で、中身のない目新しさは長く残らない、と受け取れます。
服を仕事にしていない人にとっても、話題になっているだけで選んだものは長続きしない、という読み方ができる言葉です。
美しい目とは、優しく見つめてくれる目だけ
格言集には、外見の美しさを別の角度から見た言葉も入っています。
原文は「Les seuls beaux yeux sont ceux qui nous regardent tendrement.」で、私たちを優しく見つめてくれる目だけが美しい、という意味です。
形や色ではなく、相手へのまなざしで目の美しさが決まる、と受け取れます。
ネットでは原文の後半が「vous regardent avec tendresse」と書き換えられて出回っていることもあるので、フランス語で引用するときは注意が必要です。
家は私たちの牢獄
暮らしと自由について書いた格言もあります。
「家は私たちの牢獄」と書き、だからこそ飾り方の中に自由を見つけよう、と続く言葉です。
原文は「Nos maisons sont nos prisons; sachons y retrouver la liberté dans la façon de les parer.」で、格言集の57ページに載っています。
決まった場所から逃げ出すのではなく、整え方や飾り方で自分らしさを取り戻す、という考え方として読むことができます。
インタビューと雑誌記事で語った言葉
シャネルは雑誌やテレビの取材にも答えていて、いつ、どの媒体で話したかがわかる言葉が残っています。
モードは過ぎ去る、スタイルは残る
1965年11月、アメリカの雑誌『McCall's』に載ったジョゼフ・バリーのインタビューで、81歳のシャネルが語った言葉です(出典:Quote Investigator「Fashion Passes; Style Remains」)。
記事では英語で「Mode passes; style remains.」と記録されています。
インタビューでは、シャネルが世界でいちばんまねされるデザイナーだという話になり、シャネルはまねされることを一種のほめ言葉だと受け止めていました。
そのうえで、モードはすぐに使い切られるアイデアで、スタイルは形を変えながら続いていくものだと話しています。
よく見かける「Fashion fades, only style remains」という英語の形は、このインタビューの記録とは言い回しが違います。
また、流行は去ってもスタイルは残るという考え方自体は、1929年のアメリカの新聞に名前のない美容の専門家の言葉として出ていて、シャネルが最初に言い出したものではありません。
いつも取り去ること、決して足さないこと
1960年8月22日の『Time』誌の記事「High Priestess of High Fashion」で、シャネルが服づくりの秘訣として語った言葉です。
夢のようなドレスから考え始め、そこから何かを取り去っていく、という話の中で「Always to take off, never to add.」と話しています。
パリ市の公式サイトでも、服をつくるのは素材であって、あとから付け足せる飾りではない、という意味の言葉がシャネルの言葉として紹介されています。
こちらは原典の書名や年が示されていませんが、引き算で服を考える姿勢は「取り去る」の言葉と重なります。
仕事の資料や部屋の片づけでも、足す前に削れるものを探す、という考え方に置きかえて使える言葉です。
映画と香水について語った言葉
シャネル社の公式サイトでは、媒体と年がわかる本人の言葉も紹介されています(出典:CHANEL「シャネルの創業者、ガブリエル シャネル」)。
1931年9月1日の映画雑誌『La Revue du Cinéma』では、今日ファッションを浸透させるには映画の力が必要だ、と語っています。
同じ1931年には、ハリウッドでアメリカの女優たちの衣装を担当することを引き受けました。
1969年のテレビ番組「DIM DAM DOM」のインタビューでは、「香水はラグジュアリーなもの」と答えています。
服だけでなく、映画や香水を通して自分のスタイルを広く届けようとしていたことが、2つの言葉から伝わります。
伝記作家ヘードリッヒが書き留めた言葉
伝記作家のマルセル・ヘードリッヒは、シャネルが亡くなった1971年に、伝記『Coco Chanel Secrète』をパリのロベール・ラフォン社から出しました。
第21章には「Elle disait(彼女は言っていた)」という節があり、シャネルが口にしていた言葉がまとめられています。
本人が書いた文章ではなく、ヘードリッヒが聞いて書き留めた言葉なので、引用するときは「伝記作家が記録した言葉」と添えると正確です。
英訳は1972年に『Coco Chanel: Her Life, Her Secrets』として出ていて、日本語訳は早川書房の『ココ・シャネルの秘密』です。
かけがえのない人であるためには
「Elle disait」の節で最もよく知られているのが、冒頭で紹介した言葉です。
原文は「Pour être irremplaçable, il faut rester différente.」で、フランス語版の308ページに載っています(出典:Quote Investigator「In Order To Be Irreplaceable One Must Always Be Different」)。
「rester」は「〜のままでいる」という意味なので、人と違う存在であり続けることが大切だ、と受け取れます。
英訳版では「In order to be irreplaceable one must always be different.」と訳されています。
孤児院で育ち、自分の店を一から広げていったシャネルの歩みを知ると、より重く響く言葉です。
ファッションは建築、プロポーションの問題
同じ節の305ページには、服づくりについての言葉があります。
原文は「La mode c'est de l'architecture, c'est une question de proportions.」です。
服を飾りの多さではなく、全体の形とつり合いで考えていたことがわかります。
Time誌で語った「取り去る」の言葉と並べると、シャネルが形の美しさを重んじていたことが見えてきます。
生きているかぎり、醜いものなど何もない
307ページには、人の見た目についての言葉が書き留められています。
原文は「Rien n'est laid, du moment que c'est vivant.」です。
前後には、脚が太いと気にする女性たちに、その脚があなたを支えているのだからそれでいい、と答える場面があります。
気にしても幸せにはなれない、と続けていて、見た目の欠点を気にしすぎる人への励ましとして読める言葉です。
香水はキスしてほしいところに
香水のつけ方をたずねた若い女性に、シャネルが答えた場面も記録されています。
ヘードリッヒの本では、香水はどこにつければいいのかと聞かれたシャネルが、「キスしてほしいところに」と答えています。
原文の答えは「Là où vous voulez vous faire embrasser.」です。
この言葉は伝記が出る前の1962年12月27日、アメリカの新聞『ボストン・グローブ』のコラムでも、シャネルの言葉として紹介されていました。
ユーモアのある言い方ですが、香水を自分らしさの一部として考えていたことが伝わります。
聞き書きと回想に残る言葉
シャネルが語ったことを、親しい人が書き残した資料もあります。
調香師に語った「5という数字」
香水「N°5」の名前の由来は、調香師エルネスト・ボーの1946年の回想に残っています。
シャネル社の公式サイトが引くこの回想によると、シャネルはいくつもの試作品から5番目を選び、名前を聞かれて「5という数字はきっと幸運をもたらすから」と答えました。
ドレスのコレクションを5月5日に発表することにも重ねていて、しるしや縁起を大切にしたシャネルの一面が見えます。
誕生日の8月19日も、のちに香水「N°19」の名前になりました。
モランに語った「スポーツ服を作ったのは自分のため」
作家のポール・モランは、第二次世界大戦の終わりごろ、スイスのサンモリッツでシャネルから身の上話を聞きました(出典:Pushkin Press「The Allure of Chanel」)。
そのメモは長く引き出しにしまわれ、シャネルが亡くなった翌年に見つかり、1976年に『L'Allure de Chanel』として本になりました。
シャネル社の公式サイトでは、この本から「スポーツ服を作ったのは自分のため」という言葉が引かれています。
ほかの女性がスポーツをしていたからではなく、自分がスポーツをしていたからだ、と続きます。
流行を外から眺めて作ったのではなく、自分が着たい服を作ってきたことがわかる言葉です。
「本が親友だった」
モランには、本が親友だったと打ち明けたことも、シャネル社の公式サイトで紹介されています。
孤児院のあったオーバジーヌの修道院で読んだ詩編から始まり、パリのカンボン通りの部屋では毎日読書をしていたそうです。
華やかな仕事の裏で、本から言葉や考え方を吸収していたことがうかがえます。
モランが書き留めたシャネルの語りは、山田登世子さんが訳した『シャネル 人生を語る』(中公文庫)で、日本語で通して読めます。
\ シャネル本人の語りを読む /
シャネルの言葉として広まっている出典不明の言葉
ネットや雑誌で見かけるシャネルの名言の中には、本人が言った記録が見つからないものもあります。
「エレガンスとは拒むこと」
この言葉は、シャネルが言ったり書いたりした確かな証拠が見つかっていません(出典:Quote Investigator「Elegance Is Refusal」)。
広めたのはファッション編集者ダイアナ・ヴリーランドの1980年の本『Allure』で、ヴリーランド自身も誰の言葉かは知らないと書いていました。
シャネルの言葉とした早い例は2000年の新聞記事で、シャネルが生きていた時代の記録ではありません。
「出かける前にアクセサリーを1つ外しなさい」
鏡を見てアクセサリーを1つ外す、という助言は、1949年にはアメリカの学生新聞に「昔からの方針」として載っていて、考えた人はわかっていません。
シャネルの言葉とされるようになったのは、2002年ごろからです。
本人の言葉で近いのはTime誌の「いつも取り去ること」ですが、これは服づくりの話で、アクセサリーを外す助言ではありません。
「香水をつけない女性に未来はない」
フランスの百科事典『Encyclopædia Universalis』は、シャネルが香水の大切さを語るときに、詩人ポール・ヴァレリーの言葉を引いていたと書いています(出典:Encyclopædia Universalis「CHANEL GABRIELLE dite COCO」)。
その言葉が「Une femme mal parfumée n'a pas d'avenir !」で、香りのよくない女性に未来はない、という意味です。
この記述にしたがえば、もとはヴァレリーの言葉をシャネルが引用したもので、シャネルが考えた言葉として紹介するのは正確ではありません。
「翼を持たずに生まれてきたのなら」など
次の言葉もシャネルの名言としてよく紹介されますが、いつ、どこで語ったかを示す記録は見つかりませんでした。
- 翼を持たずに生まれてきたのなら、翼が生えてくるのを邪魔しないこと
- シンプルさは、すべての本当のエレガンスの鍵
- 私の人生は気に入らなかった、だから自分の人生をつくった
- 私は流行をつくっているのではない、私自身が流行なの
- 最も勇気のいる行動は、自分の頭で考え、それを声に出すこと
- みすぼらしい服を着れば服が記憶に残り、完璧な服を着ればその女性が記憶に残る
雑誌のまとめ記事に載っていても、媒体や年が書かれていない場合は、本人の言葉と言い切らずに紹介するのが安全です。
シャネルの名言を引用するときの確かめ方
スピーチやSNSでシャネルの言葉を使うなら、誰が記録した言葉かを一言添えると、聞き手にも正確に伝わります。
シャネルの言葉が残っている資料は、本人との距離で次の4つに分けられます。
| 資料の種類 | 主な例 | 引用するときの書き方 |
|---|---|---|
| 本人名義の文章 | Vogue(パリ版)1938年9月号の格言集 | シャネルが発表した格言 |
| 取材の記録 | Time誌1960年、McCall's誌1965年 | 〇年のインタビューで語った言葉 |
| 聞き書き | モラン『L'Allure de Chanel』 | 作家モランに語った言葉 |
| 伝記作家の記録 | ヘードリッヒ『Coco Chanel Secrète』 | 伝記作家ヘードリッヒが書き留めた言葉 |
どの資料にもたどれない言葉は、「シャネルの言葉として知られる」と書くか、使わずにおくのが無難です。
日本語訳は訳者によって言い回しが変わるので、原文がわかる言葉は原文もあわせて確かめると、意味の取り違えを防げます。
ほかの偉人の言葉も出典と背景から選びたい方は、偉人の名言を出典つきでまとめた記事も参考にしてください。
テーマ別に選ぶシャネルの言葉
ここまで紹介した、資料にたどれる言葉の中から、気持ちや場面に合わせて選ぶ目安をまとめます。
テーマごとの選び方は、次のとおりです。
- 人と比べて自信をなくしたとき:伝記作家ヘードリッヒが書き留めた「かけがえのない人であるためには、いつも人と違っていなければならない」
- 毎日が窮屈に感じるとき:Vogue(パリ版)1938年の格言集にある「家は私たちの牢獄」と、飾り方の中に自由を見つけようという続き
- 年齢や見た目が気になるとき:同じ格言集の、50歳の顔は自分でそれにふさわしくならなければ、という言葉
- 流行に振り回されそうなとき:McCall's誌1965年のインタビューの「モードは過ぎ去る、スタイルは残る」
- 恋やおしゃれを軽やかに楽しみたいとき:ボストン・グローブ紙とヘードリッヒの伝記に残る「香水はキスしてほしいところに」
恋愛についてのシャネルの名言として紹介される言葉には、いつ、どの媒体で語ったかが示されていないものが多くあります。
恋愛の言葉を引用したいときも、媒体と年がわかる言葉から選ぶと、本人の言葉として安心して使えます。
ココ・シャネルの名言に関するよくある質問
「ココ」はシャネルの本名?
本名はガブリエル・シャネルで、「ココ」は愛称です。
シャネル社やパリ市の資料では、「ガブリエル・シャネル」の名前で紹介されています。
シャネルの名言を英語で引用したいときは?
英語で記録が残っている言葉なら、Time誌1960年の「Always to take off, never to add.」と、McCall's誌1965年の「Mode passes; style remains.」が使えます。
ほかの多くはフランス語が原文なので、英語の名言集にある形は訳の1つとして扱うのが正確です。
シャネルの言葉を日本語で読める本は?
モランの聞き書きの訳『シャネル 人生を語る』と、ヘードリッヒの伝記の訳『ココ・シャネルの秘密』があります。
言葉の背景を解説した本では、山田登世子さんの『シャネル――その言葉と仕事の秘密』(ちくま文庫)があります。
座右の銘にするならどの言葉がいい?
見た目に自信をなくしたときは「生きているかぎり、醜いものなど何もない」、仕事で迷ったときは「いつも取り去ること、決して足さないこと」が使いやすい言葉です。
どちらも資料と年がはっきりしているので、出典を添えて紹介できます。
ココ・シャネルの名言のまとめ
ココ・シャネルの名言は、本人名義の格言、インタビュー、聞き書き、伝記作家の記録と、どの資料に残った言葉かをたどると、考え方がはっきり見えてきます。
一方で「エレガンスとは拒むこと」のように、シャネルが言った証拠のない言葉も広まっているので、引用するときは出典を確かめてください。
持ち帰りたい言葉を選ぶなら、ヘードリッヒが書き留めた「かけがえのない人であるためには、いつも人と違っていなければならない」です。
もう1つ選ぶなら、本人がVogueに発表した、50歳の顔は自分でそれにふさわしくなるもの、という格言です。
どちらも、人と比べるより自分の過ごし方を大切にする、という生き方のヒントとして読める言葉です。