偉人の名言

エジソンの名言集|発明と努力を語る言葉を出典・背景付きで解説

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暗い作業机で灯る古い白熱電球に、エジソンの名言の題字を重ねたバナー

「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」は、発明王トーマス・エジソンの言葉として知られています。

この言葉は本人の言葉として新聞や伝記で確かめられますが、記録に残る最初の形は「2%と98%」でした。

一方で、「失敗ではない、うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ」のように、元の話から形を変えて広まった言葉や、本人の死後にエジソンの名前が付いた言葉も少なくありません。

出典と、その言葉が出てきた場面まで読むと、才能よりも手を動かし続けることを重んじたエジソンの考え方が、ぶれずに見えてきます。

この記事のポイント

  • 「1%のひらめきと99%の努力」の最初の記録は1901年の新聞で、それ以前は2%と98%だった
  • 「ひらめきがなければ努力は無駄」という読み方は、同時代の英語の資料では確かめられない
  • 「1万通りの方法を見つけた」の元は、1910年の伝記にある蓄電池の実験の話
  • 「チャンスは作業着姿でやってくる」は、エジソンの言葉とする記録が死後のものしかない

エジソンの名言一覧

この記事で紹介する、出典をたどれる主な言葉を、記録された時期と出典つきで一覧にします。

日本語は、英語の原文をもとにした訳です。

言葉記録された時期出典
天才とは1%のひらめきと99%の汗である1901年5月アイダホ州の新聞(1910年の伝記にも)
2%が天才で、98%はハードワークだ1898年4月雑誌『Ladies' Home Journal』
天才とはハードワーク、粘り強さ、常識だ1910年伝記『Edison: His Life and Inventions』
うまくいかないことを何千も知ったのだ1910年同じ伝記(仕事仲間マロリーの証言)
どんなときもくじけないようにしている1921年1月雑誌『American Magazine』のインタビュー
ここには規則なんかない1932年9月雑誌『Harper's Magazine』の元所員の回想

同じ言葉でも、記録された時期によって数字や言い回しが少しずつ違うので、下の各見出しで原文と場面を紹介します。

エジソンとはどんな人物か

トーマス・アルバ・エジソンは、1847年2月11日にアメリカ・オハイオ州のマイランで生まれ、1931年10月18日に84歳で亡くなった発明家・実業家です(出典:米国国立公園局 Thomas Edison National Historical Park「Edison Biography」)。

学校に通ったのは数か月だけで、読み書きと算数は母親から教わり、あとは自分で本を読んで学んだとされています。

1876年にニュージャージー州メンロパークに研究所を作り、1877年に錫箔(すずはく)の蓄音機、1879年には実用的な白熱電灯と、それを使う電気照明のしくみを完成させました。

1887年にはウェストオレンジに大きな研究所を開き、映画やアルカリ蓄電池の開発にも取り組んでいます。

最初の特許である電気投票記録機は売れず、エジソンはそれ以後、人々が本当に求めるものだけを発明しようと決めたと、国立公園局の伝記は伝えています。

ほかの偉人の言葉と見比べたい方は、偉人の名言を出典・背景とともにまとめた記事もあわせて読んでみてください。

電信技士だった少年時代から発明王と呼ばれるまでの歩みは、子ども向けのまんが伝記でもたどることができます。

「天才とは1%のひらめきと99%の努力」の出典と意味

エジソンの名言として最も有名なこの言葉は、本人の言葉として扱ってよい記録がありますが、形が定まるまでに何度か言い回しが変わっています。

最初の記録は「2%と98%」だった

エジソンの言葉として最も早い記録は、1898年4月のアメリカの女性誌『Ladies' Home Journal』です。

天才の定義を聞かれたエジソンが「Two per cent. is genius and ninety-eight per cent. is hard work.」(2%が天才で、98%はハードワークだ)と答えたと紹介されています。

同じ記事には、天才はひらめきだという意見に対して「Inspiration is perspiration.」(ひらめきとは汗のことだ)と返した言葉も載っています(出典:Quote Investigator「Genius Is One Percent Inspiration, Ninety-Nine Percent Perspiration」)。

ひらめきと汗を比べる言い方そのものは、1892年の新聞で「よくある言い方」と書かれているほどで、エジソンより前から使われていました。

エジソンの言葉が広く知られるようになったのは、それを2%と98%という具体的な数字で言い切ったからだと受け取れます。

1%と99%の形が出てきたのは1901年

今の形に近い「Genius is 1 per cent inspiration and 99 per cent perspiration.」が記録に出てくるのは、1901年5月6日のアイダホ州の新聞『Idaho Daily Statesman』です。

その後も、1902年の『Scientific American』や1904年の『Chicago Tribune』では2%と98%の形で紹介されていて、しばらくは2つの数字が並んで広まっていました。

日本語では「99%の努力」と訳されることが多いのですが、原文の perspiration は「汗」という意味の言葉です。

実験台の前で汗をかいて手を動かす時間のことだと読むと、エジソンの仕事ぶりと結びつきます。

この言葉は穴埋め問題にもよく使われていて、ジャンル別の名言クイズでも出題しています。

本人が自分の言葉だと認めた記録

1910年に出版された伝記『Edison: His Life and Inventions』(フランク・L・ダイアー、T・C・マーチン著)は、成功を天才のおかげにされるのをエジソンがいつも否定していた証拠として、1%と99%の言葉を紹介しています。

著者のダイアーはエジソンの研究所の法律顧問で、エジソン本人もこの伝記を読み、自伝にあたる材料を提供していました。

さらに、エジソンの死の翌年にあたる1932年9月の『Harper's Magazine』には、元所員の化学者マーティン・アンドレ・ロザノフの回想記事が載り、エジソンが「私の言った言葉を人がくり返すのを聞いたことがあるだろう」と前置きして、この言葉を語ったと書かれています。

この記事はインタビューではなく、ロザノフが研究所に入った1903年ごろの出来事を、のちに思い出して書いたものです。

「ひらめきがなければ努力は無駄」説の出どころ

日本では、この言葉の本当の意味は「最初のひらめきがよくなければ、いくら努力しても無駄になる」だった、という説がよく紹介されています。

岡山県立図書館が国立国会図書館のレファレンス協同データベースに登録した事例によると、この説は浜田和幸さんの『快人エジソン』(日本経済新聞社、1996年)や『エジソンの言葉』(大和書房、2003年)で紹介されています(出典:国立国会図書館 レファレンス協同データベース(岡山県立図書館の事例))。

『エジソンの言葉』では、1929年2月11日、エジソンの82歳の誕生日の記録として、この趣旨の言葉が紹介されているとのことです。

ただし、その記録の英語の原文や、どこに残っている資料なのかは、私が確認できた範囲では示されていませんでした。

同じ事例では、ニール・ボールドウィンの伝記『エジソン 20世紀を発明した男』(三田出版会、1997年)にある、ロザノフに努力の大切さを説いた場面もあわせて紹介されています。

1898年から1932年までの英語の記録は、どれも「天才は生まれつきの才能ではなく、手を動かした量で決まる」という向きで一致しています。

「ひらめきが大事」という読み方は、日本で紹介された1つの解釈として受け取り、エジソンの真意だと言い切らずに使うのが安全です。

「天才とはハードワーク」努力についての言葉

エジソンは、1%と99%の言葉のほかにも、天才を才能ではなく働き方の問題として語った言葉を残しています。

天才とはハードワーク、粘り強さ、常識だ

1910年の伝記には、研究所での仕事仲間エドワード・H・ジョンソン、チャールズ・バチェラーとの会話が出てきます。

ジョンソンがエジソンの業績を天才のおかげだと言うと、エジソンは次のように打ち消しました。

「Stuff! I tell you genius is hard work, stick-to-it-iveness, and common sense.」(何を言う、天才とはハードワークと粘り強さと常識だよ)

ジョンソンはこれに対し、自分とバチェラーも電話に詳しく懸命に働いたが、特許に触れない新しい受話器を作れたのはエジソンだけだった、と言い返しています(出典:Project Gutenberg『Edison: His Life and Inventions』)。

この場面は第24章「Edison's Method in Inventing」(エジソンの発明の方法)にあり、伝記の全文は無料で読むことができます。

天才と呼ばれることを嫌がったエジソンと、それでも何かが違うと感じていた仲間のやりとりとして読むと、言葉の重みが変わってきます。

成し遂げるのに大事な3つ

1917年には、経済記者B・C・フォーブスが著書『Men Who Are Making America』で、エジソンの言葉として「何かを成し遂げるのに大事な3つは、ハードワーク、粘り強さ、常識だ」という趣旨の一文を紹介しました。

1910年の伝記の言葉とほぼ同じ中身ですが、フォーブスがエジソン本人から直接聞いたかどうかは書かれていません。

引用するときは、1910年の伝記の形を使うほうが出典をはっきり示せます。

待つ間も動き続ける

1907年に出版されたフランシス・アーサー・ジョーンズの伝記『Thomas Alva Edison: Sixty Years of an Inventor's Life』には、少年時代のエジソンの話が出てきます。

列車の中で新聞や菓子を売る仕事に応募して返事を待つ間、エジソンは町で新聞を売って小銭をかせいでいました。

伝記はこの姿を、古いことわざをエジソン流に言い換えた「Everything comes to him who hustles while he waits.」(待つ間も動き回る者に、すべてはやって来る)を、当時から信じていたからだと書いています。

本人が特定の場面で言った言葉というより、伝記作家が紹介したエジソンの信条として受け取るのが正確です。

コツコツ続けることを語った言葉は、偉人の努力の名言を集めた記事でも、ほかの人物の言葉と並べて紹介しています。

失敗と実験についての言葉

「失敗」についてのエジソンの名言は、元になった話と、あとから広まった言い回しを分けて読むと、本人の考えがよくわかります。

うまくいかないことを何千も知ったのだ

元になった話は、1910年の伝記にある、長年の仕事仲間ウォルター・S・マロリーの証言です。

エジソンは鉄鉱石の事業をやめたあと、硫酸を使わない新しい蓄電池(ニッケル鉄蓄電池)の開発を始め、5か月以上、毎日のように夜中まで実験を続けていました。

9,000回を超える実験をしても見込みのある結果が出ていないと知ったマロリーが、これだけ働いて結果が出ないのは残念だと声をかけると、エジソンは笑ってこう返しました。

「Results! Why, man, I have gotten a lot of results! I know several thousand things that won't work.」

結果なら山ほど出ている、うまくいかないことを何千も知ったのだから、という意味です。

マロリーによると、数週間後には実験は1万回を超え、探していた組み合わせが見つかりました。

国立公園局の伝記によると、アルカリ蓄電池は完成まで10年かかったエジソンの最も難しい仕事で、最後には最も利益を生んだ製品になっています。

「1万通り」の形はいつ生まれたか

日本でよく知られる「私は失敗したことがない、うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ」という形は、1910年の伝記の言葉そのものではありません。

1911年の伝記では「several thousand things」のまま、1946年の新聞では「999通り」になり、「I have not failed」と「1万通り」がそろった形は、1982年に化学者ルイス・H・サレットが全米科学アカデミーで話した中に出てきます(出典:Quote Investigator「I Have Gotten a Lot of Results! I Know Several Thousand Things That Won't Work」)。

実験の回数が1万回を超えたことはマロリーの証言にありますが、「1万通り見つけた」と言い切る言葉は、これまで見つかっている記録ではエジソンの死後に整えられた形です。

使うときは「1910年の伝記にある蓄電池の実験の話がもとになった言葉」と添えると、誤解なく伝えられます。

くじけないことと、経験から学ぶこと

1921年1月の『American Magazine』のインタビューで、エジソンは「I never allow myself to become discouraged under any circumstances.」(どんなときも、くじけないようにしている)と語りました。

続けて、何千回も実験して解決できず落ち込んだ仲間に、このやり方ではだめだと確かめられたのだから学んだことはある、と明るく伝えた思い出を話しています。

さらにさかのぼる1882年6月、エジソンは雑誌に「How to Succeed As An Inventor」(発明家として成功するには)という文章を寄せ、経験こそが一番の先生だと書きました。

その文章で、今の自分が楽に仕事を進められるのは、うまくいかないことを経験でたくさん知っているからだ、とも述べています。

1882年、1910年、1921年と、40年近くにわたって同じ考え方が記録に残っているところに、エジソンらしさが表れています。

研究所で語った「ここには規則なんかない」

1903年ごろ、ウェストオレンジの研究所に入ったばかりの化学者ロザノフは、どんな規則を守ればよいかをエジソンにたずねました。

するとエジソンは床につばを吐き、「Hell! there ain't no rules around here! We are tryin' to accomplish somep'n!」と叫んで立ち去ったと、ロザノフは1932年の『Harper's Magazine』の回想記事に書いています(出典:Quote Investigator「Hell! There Ain't No Rules Around Here!」)。

「ここに規則なんかない、我々は何かを成し遂げようとしているんだ」という意味で、くだけたなまりのある話し言葉のまま記録されています。

言葉が正しいかどうかはロザノフの記憶にかかっていますが、規則より結果を大切にした研究所の空気を伝える言葉として読むことができます。

1947年のニューヨーク・タイムズの記事は、規則はなくても、エジソンが働けば昼夜を問わず全員が働くという暗黙の決まりがあったと書き添えています。

エジソンの名言として広まっているが確認できない言葉

エジソンは名言の多い人物として知られるぶん、別の人の言葉や、出典のない言葉が名前つきで広まっています。

チャンスは作業着姿でやってくる

「多くの人がチャンスを逃すのは、それが作業着を着て、仕事のような顔をしているからだ」という言葉は、エジソンの名言として紹介されることがあります。

しかし、ほぼ同じ形の最も古い例は1921年5月のインディアナ州の新聞で、そこには作者名がありません。

エジソンの名前が付いた例は1962年の雑誌が最も古く、エジソンの死から31年後です(出典:Quote Investigator「Opportunity Is Missed Because It Is Dressed in Overalls and Looks Like Work」)。

この言葉は、エジソンの言葉としての根拠がとても弱いと考えるのが妥当です。

人は考える苦労を避けるためなら、どんな方便にも頼る

「人間は考えるという本当の苦労を避けるためなら、どんな方便にも頼ろうとする」という趣旨の言葉も、エジソンの名言としてよく紹介されています。

もとになったのは、イギリスの画家ジョシュア・レノルズが1784年12月にロイヤル・アカデミーの学生へ向けて話した講演で、のちに講演集の第12講として出版されました。

レノルズの長い一節を短くまとめた形は、1914年の美術書に、レノルズの言葉として載っています。

1921年1月の『American Magazine』では、記者のB・C・フォーブスが、この言葉の下にレノルズの名前を書いた札をエジソンから見せられ、工場中に貼るつもりだと聞いたと書いています(出典:Quote Investigator「There Is No Expedient to which a Man Will Not Resort to Avoid the Real Labor of Thinking」)。

Quote Investigatorは、エジソンが気に入って掲げたこの言葉から、のちにレノルズの名前が抜け落ち、エジソンの言葉として広まったと結論づけています。

エジソンが大切にしていた言葉であることは確かなので、引用するときは「エジソンが研究所に掲げたレノルズの言葉」と紹介すると正確です。

私たちの最大の弱点はあきらめること

「私たちの最大の弱点はあきらめることにある」で始まり、もう一回だけ試すことを勧める言葉も、エジソンの名言としてよく見かけます。

ファクトチェックサイトのSnopesは、メンロパークのトーマス・エジソン・センターの館長の確認をもとに正しい帰属と判定しましたが、印刷物で見つかった最も古い例は1958年6月の新聞で、エジソンの死後27年たってからのものでした(出典:Snopes「Did Thomas Edison Say, 'Our Greatest Weakness Lies in Giving Up'?」)。

同じ記事によると、エジソンの文書を研究するラトガース大学のエジソン・ペーパーズの責任者も、この言葉の由来はわからないと答えています。

いつどこで言ったかがわからない言葉なので、引用するときは「エジソンの言葉として伝わる」くらいにとどめるのが安心です。

出典がたどれないそのほかの言葉

次の言葉も、エジソンの名言として紹介されることがありますが、エジソンが生きていた時代の資料では確認できません。

  • 「私は生涯で一日も働いたことがない、すべてが楽しみだった」(出典として挙がるのは2003年の名言集だけ)
  • 「努力に代わるものはない」(出典の記載が見つからない)
  • 「世の中が必要とするものを見つけ、それを発明する」(出典として挙がるのは1999年の本だけ)
  • 「人から批判されることを恐れてはならない」(出典の記載が見つからない)
  • 「不満は進歩に欠かせない第一歩だ」(出典として挙がるのは死後の1948年に出た本で、もとの発言の時期はわからない)

どれもエジソンらしい言葉に聞こえますが、エジソンらしいことと、本人が言ったことは別の話です。

エジソンの名言を引用するときの確かめ方

エジソンの言葉をスピーチや文章で使うときは、次の順に確かめると、誤った引用を避けやすくなります。

  1. その言葉が、いつ・どの新聞や雑誌・本に出てきたかが書かれているかを見る
  2. 最も古い記録が、エジソンの亡くなった1931年より前かどうかを確かめる
  3. 本人の文章やインタビューか、伝記作家や仕事仲間の証言かを分けて考える
  4. 英語の原文と、日本語訳の言い回しがずれていないかを見比べる

たとえば「1%のひらめき」は1901年の新聞と1910年の伝記で確かめられますが、「1万通り」は元の話と言い回しを分けて扱う必要があります。

証言による言葉は、一字一句そのままとは限らないことも覚えておくと、紹介するときの言葉選びが慎重になります。

エジソンの名言に関するよくある質問

エジソンの一番有名な名言は?

「天才とは1%のひらめきと99%の努力(汗)である」が最もよく知られていて、1901年の新聞や1910年の伝記で本人の言葉として確かめられます。

「努力」と訳されている部分の英語は?

原文は perspiration で、「汗」という意味の言葉です。

「失敗ではない、1万通りの方法を見つけただけ」はエジソンの言葉?

元になった話は1910年の伝記にありますが、「1万通り」と言い切る形はエジソンの死後に広まった言い回しです。

エジソンの名言を英語の原文で読むには?

1910年の伝記『Edison: His Life and Inventions』は英語の全文が無料で公開されていて、天才や蓄電池の実験についての言葉を原文で読めます。

エジソンの名言を座右の銘にするなら?

出典がはっきりしている「天才とはハードワーク、粘り強さ、常識だ」は、場面ごと説明できるので選びやすい言葉です。

エジソンの名言のまとめ

エジソンの名言は、ネットで見かける形をそのまま本人の言葉とせず、新聞・雑誌・伝記の記録までたどると、考え方を正しくつかめます。

「1%のひらめき」は本人の言葉として確かめられ、どの記録も才能より手を動かす量を重んじる向きで一致していました。

一方で、「1万通り」や「チャンスは作業着姿」のように、死後に形が整ったり名前が付いたりした言葉もあります。

持ち帰りたい一言を選ぶなら、仲間に天才と呼ばれて打ち消した「天才とはハードワーク、粘り強さ、常識だ」です。

うまくいかない日にも、それを「うまくいかないことを1つ知った日」と数えられるのが、エジソンの言葉から受け取れる一番の励ましです。

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Kotonoha

名言好きの個人ブロガーです。 研究者ではありませんが、ひとつの言葉について「誰が」「いつ」「どの場面で」語ったのかを確かめてから記事にしています。出典をたどれない言葉は、どれだけ有名でも「確認できない」と書きます。 アニメのセリフから偉人の言葉まで、背景ごと味わえる形でお届けします。

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