1996年7月28日、アトランタ五輪の女子マラソンで銅メダルを取った有森裕子さんは、レース後のインタビューで「初めて自分で自分をほめたいと思います」と語りました。
陸上の名言は、記録を出した瞬間の言葉だけでなく、練習や故障、本番への向き合い方が見える言葉を選ぶと、自分の挑戦にも置き換えやすくなります。
陸上はタイムや順位で結果がはっきり出る競技なので、勝った日だけでなく、思うように走れなかった日の言葉にも選手の考え方がにじみます。
有森さんの言葉も、メダルの色より、悔いの残らない走りができたかどうかを語ったものでした。
この記事のポイント
- 有森裕子さんの言葉は「ほめてあげたい」ではなく「自分で自分をほめたい」
- 練習・故障・本番の場面ごとに25の言葉を話した日と場面つきで紹介
- 6位で悔しがった言葉や結果が出なかった日の言葉も選んだ
- 陸上の名言として広まる言葉には出典を確かめられないものもある
陸上選手の名言一覧
紹介する25の言葉を、話した人と時期・場面つきで一覧にします。
| 言葉 | 人物 | 時期・場面 |
|---|---|---|
| 初めて自分で自分をほめたいと思います | 有森裕子 | 1996年7月、アトランタ五輪女子マラソンのあと |
| 考え方一つで人生は変わる | 有森裕子 | 2021年2月、兵庫県加古川市での講演 |
| 金を取る。そのためにトレーニングする | 野口みずき | 2003年世界陸上のあとに練習日誌へ |
| 丈夫な体に産んでくれた両親に感謝でした | 野口みずき | 2025年7月、アテネ五輪前の練習を振り返って |
| 練習をやらないと弱い自分に戻ってしまう | 高橋尚子 | 2025年6月、シドニー五輪後を振り返って |
| 楽しいことなんてひとつもない | 瀬古利彦 | 2025年5月、引退のときを振り返って |
| 監督がいなかったら、僕は何者にもなっていなかったと思います | 瀬古利彦 | 2025年5月、恩師を振り返って |
| 自分もその舞台で戦えるようになりたい | 大迫傑 | 2010年、早稲田大学に入学したころ |
| 0秒01でも速くフィニッシュラインを駆け抜けられてよかった | 桐生祥秀 | 2017年9月、日本人初の9秒台のあと |
| やっと世界へのスタートラインに立てたのかなと思う | 桐生祥秀 | 2017年9月、同じ日の一問一答 |
| 僕はいまだに100mをうらやましく思うことがある | 為末大 | 2014年1月、トークイベントでの対談 |
| 開き直り力って大事だなって思うんですよね | 為末大 | 2014年1月、同じ対談 |
| それが自分の実力ですから | 瀬古利彦 | 2025年5月、五輪のメダルを振り返って |
| すごく楽しい42kmでした | 高橋尚子 | 2000年9月、シドニー五輪金メダルのレース直後 |
| すごくきつくて、怖くて、長い200mでした | 高橋尚子 | 2025年6月、シドニーのゴール前を振り返って |
| すごく、メダルが重く感じます | 北口榛花 | 2024年8月、パリ五輪やり投げ金メダルの直後 |
| 特別なことをしてはいけないんです | 室伏広治 | 2004年9月、アテネ五輪直後の雑誌掲載 |
| オリジナルを作りあげなきゃ、世界では勝てない | 室伏広治 | 2011年12月、世界陸上で金メダルを取った年の雑誌掲載 |
| めちゃくちゃ悔しい。走りもダメダメだったと思う | サニブラウン・アブデル・ハキーム | 2023年8月、世界陸上100m決勝6位のあと |
| 隠すことなくありのままの自分を見せられた | 田中希実 | 2025年9月、世界陸上東京大会の全レース後 |
| 今日を何かの終わりの日、そして、始まりの日にしなさい | 田中希実 | 2025年9月、同じ日の言葉 |
| no human is limited | エリウド・キプチョゲ | 2019年10月、マラソンで2時間を切った直後 |
| I expect more people all over the world to run under two hours after today. | エリウド・キプチョゲ | 2019年10月、同じ日の言葉 |
| Believe in your dreams and do not think limits | ウサイン・ボルト | 2017年2月、ローレウス賞の受賞 |
| It’s all about believing in your dreams and working hard. | ウサイン・ボルト | 2017年2月、同じ受賞の場 |
表の言葉は、本文では前後の文脈とあわせて紹介しています。
有森裕子「自分で自分をほめたい」の正しい形と背景
陸上の名言の中でも特に知られている有森裕子さんの言葉は、言い回しが変わって広まっているので、正しい形と生まれた経緯から見ていきます。
アトランタ五輪の銅メダルのあとに語った言葉
有森裕子さんは、1992年バルセロナ五輪の女子マラソンで銀メダル、1996年アトランタ五輪で銅メダルを取った選手です。
1996年7月28日のアトランタ五輪で3位に入ったあと、メダルの色は銅かもしれないけれど、なぜもっとがんばれなかったのかと後で思うレースはしたくなかった、と話しました。
そのうえで続けたのが、「初めて自分で自分をほめたいと思います」という言葉です(出典:笹川スポーツ財団「オリンピアンかく語りき 第15回 有森裕子さん」)。
結果の順位ではなく、悔いの残らない走りができたかどうかで自分を評価しているところに、この言葉が多くの人に届いた理由があると受け取れます。
「ほめてあげたい」は誤って広まった形
この言葉は「自分で自分をほめてあげたい」という形で紹介されることがありますが、本人の言葉は「ほめたい」です。
有森さんは笹川スポーツ財団のインタビューで、「ほめてあげたい」という言い回しは自分からは出てこない、周りの人が当人に使う言葉ではないか、と話しています。
どこかで混同されて「ほめてあげたい」が一人歩きしてしまった、というのが本人の説明です。
座右の銘やスピーチで使うときは、「自分で自分をほめたい」の形にすると、本人の言葉どおりになります。
高石ともやさんの話を練習日誌に書き留めた
「ほめたい」という言葉のもとには、高校時代に聞いたフォークシンガーの高石ともやさんの話があります。
有森さんが高校1年のときに始まった全国都道府県対抗女子駅伝の、第2回大会の前夜祭に、高石さんがゲストとして招かれました。
高石さんは、人にほめてもらうよりも、まずはここまでやってきた自分自身をほめなさい、という趣旨の話を、詩のように語ったそうです。
岡山県代表の補欠で自分を責めていた有森さんは、その話にほっとし、本当に強くなったと思えたときに自分にかけようと決めて、練習日誌に書き留めました。
2025年5月のインタビューでは、高石さんから聞いていた言葉を自分の中に落とし込んでいたのが「ふっと出てきた」と振り返っています(出典:web Sportiva「『自分で自分をほめたい』が流行語大賞になった有森裕子は…」)。
この言葉はその年の流行語大賞にも選ばれ、高校生のときから10年以上胸にしまっていた言葉が、多くの人の言葉になりました。
「なんで」ではなく「せっかく」と考える
有森さんは2021年2月14日、兵庫県加古川市の高齢者大学「いなみ野学園」での講演で、「考え方一つで人生は変わる」と語りました。
同じ講演では、苦しい状況でも「なんで」と思わずに「せっかく(だから)」と考え方を変えてほしい、と呼びかけています(出典:神戸新聞NEXT「有森裕子さんの苦境乗り越える方法」)。
講演で有森さんは、自分に自信が持てず、うまくいかない時間のほうが多かったと幼少期を振り返っていました。
そうした歩みを知ると、この言葉は前向きになるための決まり文句ではなく、本人の実感から出た言葉として読むことができます。
練習と目標を語った陸上選手の名言
大きな大会の結果の裏には、毎日の練習をどう続けたかという話があり、そこで語られた言葉は部活や仕事の積み重ねにも重ねやすいものです。
野口みずき「金を取る。そのためにトレーニングする」
野口みずきさんは、2004年アテネ五輪の女子マラソンで金メダルを取った選手です。
2003年の世界陸上パリ大会で銀メダルを取ってアテネ五輪の代表に決まってから、練習日誌に「金を取る。そのためにトレーニングする」と書いていたと、2025年7月のインタビューで振り返っています。
アテネ五輪の前には1か月で1370kmほど走り、筋力トレーニングも続けたうえで、「丈夫な体に産んでくれた両親に感謝でした」とも話しています(出典:web Sportiva「野口みずき、アテネ五輪前の月間走行距離は1370km」)。
目標を先に短い言葉で書き、そこから毎日の練習を組み立てる考え方が、日誌の一文に表れています。
高橋尚子「練習をやらないと弱い自分に戻ってしまう」
2000年シドニー五輪の女子マラソンで金メダルを取った高橋尚子さんは、その後に国民栄誉賞を受け、大きな注目を集めました。
2025年6月のインタビューで、高橋さんはそのころを振り返り、自分は弱い選手なので「練習をやらないと弱い自分に戻ってしまう」と思い、すぐに練習したかったと話しています。
金メダリストになっても自分を「弱い選手」と呼ぶところに、結果より毎日の練習を軸にしていた姿勢が見えます。
結果が出たあとほど気がゆるみやすい人にとって、手元に置いておきたくなる言葉です。
瀬古利彦「楽しいことなんてひとつもない」
瀬古利彦さんは、マラソンで15戦10勝の成績を残し、1984年ロサンゼルス五輪と1988年ソウル五輪に出場した選手です。
2025年5月のインタビューで、ソウル五輪を最後に引退したときの気持ちを「マラソンは、練習もつらいし、楽しいことなんてひとつもない」と表現しています。
19歳から31歳まで続けてきたので、もう十分にやった、という意味の言葉だったと本人は説明しています。
恩師の中村清監督にはほめてもらったことがほとんどなかったと話す一方で、「監督がいなかったら、僕は何者にもなっていなかったと思います」とも語っています(出典:web Sportiva「瀬古利彦の後悔」)。
努力を語った言葉をほかの分野からも探したい方は、偉人が努力について語った名言を集めた記事も参考になります。
大迫傑「自分もその舞台で戦えるようになりたい」
大迫傑さんは、2021年の東京五輪の男子マラソンで6位に入った選手です。
2010年、19歳で早稲田大学に入学したころ、進学の理由について、トラックで世界と戦った選手が多い大学なので「自分もその舞台で戦えるようになりたいと思ったので、早稲田大学を選びました」と答えています。
当時取材したテレビ記者が、2021年8月の記事でこの言葉を紹介しています(出典:Number Web「『眼が違う』大迫傑がずっと考えていた“陸上界のこと”」)。
入学の時点で「世界」という目標を自分の言葉で言い切っていたことが、のちの挑戦につながっていると読むことができます。
故障や不調と向き合った陸上選手の名言
陸上選手の言葉には、けがや伸び悩み、思うような結果が出なかった時期を経て語られたものも多くあります。
桐生祥秀「0秒01でも速くフィニッシュラインを駆け抜けられてよかった」
桐生祥秀選手は2017年9月9日、福井県営陸上競技場で行われた日本学生対校選手権の男子100m決勝で、日本人で初めて9秒台となる9秒98を出しました。
当時は東洋大学の4年生で、足に不安があり、出場するかどうかをコーチとぎりぎりまで相談していたと話しています。
レース後の一問一答では、記録が10秒00にならないよう願っていたことを明かし、「0秒01でも速くフィニッシュラインを駆け抜けられてよかった」と語りました。
続けて、9秒台を出して「やっと世界へのスタートラインに立てたのかなと思う」とも話しています(出典:デイリースポーツ「日本人初の9秒台の桐生」一問一答)。
大学では自己ベストを更新できず、このままベストを出さずに卒業することも頭をよぎったという話と合わせて読むと、0秒01の重みが伝わります。
為末大「僕はいまだに100mをうらやましく思うことがある」
為末大さんは、2001年と2005年の世界選手権の男子400mハードルで銅メダルを取った選手です。
2014年1月21日のトークイベントで、経済ジャーナリストの木暮太一さんと対談した際、「僕はいまだに100mをうらやましく思うことがある」と話しました。
そのうえで、100mを諦められないでいたら、多分ハードルでの成功もなかった、と続けています(出典:マイナビニュース「為末大×木暮太一、才能がない人が生きていく方法とは」)。
同じ対談では、自分の弱点を認めることについて「開き直り力って大事だなって思うんですよね」とも語っています。
努力をやめる話ではなく、自分が勝てる場所を選び直すという考え方で、著書『諦める力』(プレジデント社)のテーマにもつながる言葉です。
瀬古利彦「それが自分の実力ですから」
瀬古さんは、ソウル五輪の前年に骨折が見つかり、五輪の年にも捻挫でほとんど走れない時期が続いたと振り返っています。
ソウル五輪は9位で、2度の五輪でメダルには届きませんでした。
2025年5月のインタビューでは、走ることが好きで、走ることしかできなかったと話したうえで、「五輪(のメダル)には縁がなかったけど、それが自分の実力ですから」と語っています(出典:web Sportiva 瀬古利彦インタビュー後編(5ページ目))。
メダルはほしかった、とも正直に認めていて、悔しさを隠さずに結果を受け止める言葉として読むことができます。
本番の舞台で語った陸上選手の名言
五輪や世界陸上のレース直後の言葉には、勝った日も負けた日も、その瞬間の気持ちがそのまま出ています。
大一番の前の言葉では、野球の大谷翔平選手がWBC決勝前に語った言葉もよく知られています。
高橋尚子「すごく楽しい42kmでした」
2000年シドニー五輪の女子マラソンで金メダルを取った高橋尚子さんは、レース直後のインタビューで「すごく楽しい42kmでした」と振り返りました。
ただ、2025年6月のインタビューでは、競技場に入ってから後ろにシモン選手が迫り、最後は力が入らなかったと明かし、「すごくきつくて、怖くて、長い200mでした」と話しています(出典:web Sportiva「高橋尚子のシドニー五輪金メダル」)。
楽しさを口にした言葉の裏に、最後まで追われる苦しさがあったと知ると、「楽しい」という一言の重さが変わって聞こえます。
現役時代から書き留めてきた言葉や、恩師と両親の言葉は、高橋さんの著書『笑顔で生きる魔法の言葉』(KADOKAWA)にまとめられています。
\ 高橋尚子さんが書き留めた言葉 /
北口榛花「すごく、メダルが重く感じます」
北口榛花選手は2024年8月10日、パリ五輪の女子やり投げ決勝で金メダルを取りました。
直後に「すごく、メダルが重く感じます。うれしいじゃ足りないくらい、言葉にできないくらいの気持ちです」と語り、何度も目をぬぐっていました(出典:Number PREMIER 北口榛花の金メダル)。
それまでの北口選手は最終6投目で大きな投てきを見せることが多く、「逆転の北口」と呼ばれていました。
パリ五輪では1投目から集中する力を身につけていたと伝えられていて、積み重ねてきた変化が「重く感じます」という言葉に込められていると受け取れます。
室伏広治「特別なことをしてはいけないんです」
室伏広治さんは、2004年アテネ五輪の男子ハンマー投げで金メダルを授与され、2011年の世界陸上大邱大会でも金メダルを取った選手です。
アテネ五輪の直後に出たNumber 610号(2004年9月)では、五輪は特別な大会だと思うけれど、だからといって「特別なことをしてはいけないんです」と話しています(出典:Number Web「五輪だからといって特別なことをしてはいけないんです」)。
続けて、普段と同じような気持ちで試合に臨まないといけない、とも語りました。
大舞台ほど何か違うことをしたくなりますが、練習してきたことをいつもどおり出すことに集中する考え方として受け取れます。
2011年の世界陸上を36歳で制した年のNumber 794号(2011年12月)では、「オリジナルを作りあげなきゃ、世界では勝てない」とも語っています(出典:Number Web「オリジナルを作りあげなきゃ、世界では勝てない」)。
世界のトップ選手は一人ひとり投げ方が違い、自分の体に合った動きを突き詰めることが大切だ、という趣旨の言葉です。
本番ではいつもどおりを貫き、練習では自分だけの形を探し続けるという、2つの言葉の組み合わせとして読むことができます。
サニブラウン・アブデル・ハキーム「めちゃくちゃ悔しい」
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手は、2023年8月20日、ハンガリーのブダペストで開かれた世界陸上の男子100m決勝で6位に入りました。
2大会続けての決勝進出で、6位は快挙と報じられましたが、レース後に報道陣の前で最初に口にしたのは「めちゃくちゃ悔しい。走りもダメダメだったと思う」でした(出典:Number Web「『走りもダメダメ』世界陸上100mで6位の快挙も…」)。
周りが評価する結果でも、自分の基準に届かなければ悔しがるところに、さらに上を目指す姿勢が表れています。
田中希実「ありのままの自分を見せられた」
田中希実選手は、2025年9月の世界陸上東京大会で、1500mは準決勝に進めず、5000mは12位でした。
全レースを終えた田中選手は、「格好良い姿を見せたかったけど、隠すことなくありのままの自分を見せられた」と話しました。
さらに「今日を何かの終わりの日、そして、始まりの日にしなさいという神様からのメッセージだと思う」と続けています(出典:Number Web「田中希実『今日を何かの終わりの日、そして、始まりの日に』」)。
望んだ結果ではなかった日を、終わりと始まりの両方として受け止める言葉で、区切りの場面で読み返したくなる一言です。
海外の陸上選手の名言(英語の原文つき)
海外の選手の言葉は、英語の原文と、話した日と場面を確かめられるものを選びました。
エリウド・キプチョゲ「no human is limited」
ケニアのエリウド・キプチョゲ選手は2019年10月12日、オーストリアのウィーンで行われた「INEOS 1:59 Challenge」で、42.195kmを1時間59分40秒2で走りました。
直後に語ったのが、次の言葉です。
"I am the happiest man in the world to be the first human to run under two hours and I can tell people that no human is limited."
2時間を切った最初の人間になれて世界一幸せだ、人間に限界はないと伝えられる、という意味です。
"I expect more people all over the world to run under two hours after today."とも話し、これから世界中のランナーに2時間切りが続くことを期待していると語りました。
この記録は、入れ替わりで走るペースメーカーなどを使った特別なイベントで出したもので、公認の世界記録にはなっていません(出典:World Athletics「Kipchoge breaks two-hour barrier in Vienna」)。
ウサイン・ボルト「do not think limits」
ジャマイカのウサイン・ボルト選手は、100mの世界記録9秒58を持つスプリンターです。
2017年2月14日、モナコで開かれたローレウス・スポーツ賞で4度目の年間最優秀男子選手賞を受けたとき、次のように語りました。
"Believe in your dreams and do not think limits, remember anything is possible."
夢を信じて限界を考えるな、何でもできると覚えておいて、という意味です。
同じ場では"It's all about believing in your dreams and working hard."とも話し、夢を信じることと努力することを並べて語っています(出典:The Gleaner「Don't think limits, says Bolt after winning fourth Laureus Award」)。
ジャマイカの一人の若者だった自分が世界の偉大なアスリートの一人と認められるようになった、とも話していて、限界を決めないという言葉に本人の歩みが重なります。
陸上の名言として広まっているが出典を確かめられない言葉
陸上の名言として紹介される言葉の中には、本人がいつどこで話したかを確かめられないものもあります。
日本の選手の言葉として広まっているもの
「走った距離は裏切らない」は野口みずきさんの言葉として広く紹介されていますが、本人の会見やインタビュー、著書で該当する発言は確認できませんでした。
「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」は、高橋尚子さんが高校時代の恩師から贈られた言葉として紹介されることが多く、本人の著書やインタビューでの記載は確かめられませんでした。
この言葉の扱いは、やる気が出る短い名言を集めた記事でもふれています。
使うときは「〇〇さんの言葉」と断定せず、「〇〇さんの言葉として知られる」と添えると安心です。
海外の選手の言葉として広まっているもの
アメリカの長距離選手スティーブ・プリフォンテーンの言葉として知られる"To give anything less than your best is to sacrifice the gift."は、いつどこで話したかを示す記録が見つかりませんでした。
チェコスロバキアのエミール・ザトペックの言葉とされる、何かに勝ちたければ100mを、何かを経験したければマラソンを走れ、という趣旨の言葉も、生前の発言として確かめられる記録は見つかりませんでした。
アメリカのカール・ルイスやジェシー・オーエンスの言葉として紹介される英語の名言も、多くは名言まとめにしか見当たらず、話した日と場面を確かめられるものは見つかりませんでした。
キプチョゲ選手の言葉として紹介される"Only the disciplined ones in life are free."も、この形で話した場面を確かめられませんでした。
英語の名言は訳し方で印象が変わるので、原文と出典をあわせて確かめてから使うと安心です。
陸上の名言を自分の挑戦に置き換える選び方
同じ陸上の名言でも、今の自分がどの場面にいるかで、響く言葉は変わります。
場面ごとに合う言葉は、次のように選ぶことができます。
- 毎日の練習を続けたいときは、野口みずきさんの「金を取る。そのためにトレーニングする」
- けがや不調で思うように走れないときは、有森裕子さんの「なんで」ではなく「せっかく」と考える言葉
- 結果が出なかった日には、田中希実選手の「今日を何かの終わりの日、そして、始まりの日に」
- 大きな目標に挑む前には、キプチョゲ選手の「no human is limited」
記録の数字だけでなく、その言葉が出たときの練習や故障、本番の状況まで知っておくと、自分の場面に重ねたときに意味を取り違えにくくなります。
存命の選手の言葉を人に伝えるときは、いつ、どんな場面で話したかを添えると、言葉が切り取られずに伝わります。
チームで戦う競技の言葉と比べてみたい方は、サッカーの選手と監督の名言をまとめた記事も読んでみてください。
陸上選手の名言に関するよくある質問
陸上選手の名言でいちばん有名なものは?
1996年のアトランタ五輪で有森裕子さんが語った「初めて自分で自分をほめたいと思います」が、特によく知られています。
陸上部の寄せ書きに使いやすい短い言葉は?
短く書けて出典もはっきりしている言葉なら、キプチョゲ選手の「no human is limited」や、野口みずきさんが練習日誌に書いた「金を取る。そのためにトレーニングする」が使いやすいです。
キプチョゲの1時間59分40秒は世界記録?
公認の世界記録ではなく、当時の公認の世界記録は本人が2018年のベルリンマラソンで出した2時間1分39秒でした。
「自分で自分をほめてあげたい」と書いても間違いではない?
有森裕子さんの言葉として引用するなら、「自分で自分をほめたい」と書くのが本人の言葉どおりです。
陸上の名言を引用するときに気をつけることは?
話した人と時期、場面を添え、出典を確かめられない言葉は「〇〇の言葉として知られる」と書くのが安心です。
陸上選手の名言のまとめ
陸上選手の名言は、記録を出した瞬間の言葉だけでなく、練習や故障、本番への向き合い方まで知ると、自分の挑戦に置き換えやすくなります。
有森裕子さんの言葉は「ほめてあげたい」ではなく「自分で自分をほめたい」で、高校時代に聞いた高石ともやさんの話が背景にありました。
勝った日の言葉と同じくらい、6位で悔しがった言葉や、望んだ結果が出なかった日の言葉にも、次に向かう力があります。
持ち帰りたい言葉を一つ選ぶなら、「初めて自分で自分をほめたいと思います」です。
引用するときは、だれがいつ話した言葉なのかを確かめてから使ってください。