夏目漱石の「智に働けば角が立つ」や、太宰治の「恥の多い生涯を送って来ました」は、文豪の名言として今もよく引用される一文です。
ただ、文豪の名言として広まっている言葉には、作品の中に見当たらないものや、別の人の言葉が文豪の名言として紹介されているもの、前後の文から切り離されて意味が変わってしまったものもあります。
文豪の名言は、短い言葉だけでなく、どの作品のどんな場面の言葉かまで確かめると、作家がその一文に込めた本当の意味と、座右の銘にしたくなる言葉の深さがよくわかります。
この記事のポイント
- 「人生は地獄よりも地獄的である」は芥川龍之介の『侏儒の言葉』の言葉
- 「雨ニモマケズ」は、宮沢賢治が手帳に書きとめた言葉
- 「月が綺麗ですね」を漱石が言ったという記録は見つかっていない
- 「生れて、すみません」は、太宰治が別の詩人の一行詩から借りた言葉
文豪の名言一覧
この記事で紹介する主な文豪の言葉を、作品名つきで一覧にします。
| 名言 | 作家 | 作品 |
|---|---|---|
| 智に働けば角が立つ | 夏目漱石 | 『草枕』(1906年) |
| 人生は一箱のマッチに似ている | 芥川龍之介 | 『侏儒の言葉』 |
| 恥の多い生涯を送って来ました | 太宰治 | 『人間失格』(1948年) |
| 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった | 川端康成 | 『雪国』 |
| はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり | 石川啄木 | 『一握の砂』(1910年) |
| サウイフモノニ ワタシハナリタイ | 宮沢賢治 | 手帳のメモ(1931年) |
| 人間は生き、人間は堕ちる | 坂口安吾 | 『堕落論』(1946年) |
文豪の名言を読むときのポイント
文豪の名言は、ほとんどが小説や詩、随筆の中の一文で、小説の場合は作家本人の考えではなく、登場人物の言葉や語り手の言葉であることもあります。
そのため、同じ言葉でも、前後の文や作品の流れの中で読むと、名言集で見たときとはまったく違う意味に感じられることがあります。
著作権が切れた多くの文豪の作品は、無料の電子図書館「青空文庫」で本文を読めるので、気になった言葉はもとの作品で確かめるのがおすすめです(参考:青空文庫)。
文豪の言葉は、名言として切り取られた一文だけでなく、作品の中で前後の文と一緒に読むと、いっそう深く味わえます。
ドイツの文豪ゲーテ本人の言葉は、ゲーテの名言を『ファウスト』などの出典つきで解説した記事で読めます。
カフカの絶望の言葉とゲーテの希望の言葉を、テーマごとに並べて読み比べられる『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ 文豪の名言対決』は、文豪の言葉の意外な力を知る1冊としておすすめです。
\ 絶望と希望、2人の文豪の言葉を読み比べ /
短くて有名な文豪の名言
文豪の作品には、短い一文で人の世や人生を言い当てた、有名なフレーズが多くあります。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される(夏目漱石)
1906年に発表された夏目漱石の小説『草枕』の冒頭の言葉で、意地を通せば窮屈だ、とかくに人の世は住みにくい、と続きます。
理屈で動けば人とぶつかり、情に流されれば自分を見失う、という人間関係の難しさを言い当てた、日本文学で最も有名な書き出しのひとつです。
漱石の言葉は、夏目漱石の名言を解説した記事でくわしく紹介しています。
人生は一箱のマッチに似ている(芥川龍之介)
芥川龍之介の箴言集『侏儒の言葉』の言葉で、重大に扱うのは莫迦莫迦しい、重大に扱わなければ危険である、と続きます。
人生を深刻に考えすぎてもいけないし、軽く扱いすぎてもいけない、という人生との距離のとり方を、マッチにたとえた皮肉の効いた言葉です。
恥の多い生涯を送って来ました(太宰治)
1948年に発表された太宰治の小説『人間失格』の、主人公・大庭葉蔵の手記の書き出しの言葉です。
人とうまく関われない自分を責め続ける主人公の告白は、自分の弱さに悩む多くの読者の心をとらえ、今も読み継がれています。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった(川端康成)
日本人で初めてノーベル文学賞を受けた川端康成の小説『雪国』の書き出しの一文です。
日常の世界から、まったく別の世界へ入っていく瞬間を、短い一文で鮮やかに描いた、日本文学を代表するフレーズとして知られています。
はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る(石川啄木)
1910年に出版された石川啄木の歌集『一握の砂』の短歌です。
いくら働いても暮らしが楽にならない苦しさを、飾らずにそのまま詠んだ歌で、今の働く人たちの共感も集めています。
汚れつちまつた悲しみに(中原中也)
1934年に出版された中原中也の詩集『山羊の歌』に収められた詩の一節で、今日も小雪の降りかかる、と続きます。
同じ言葉をくり返すリズムで、言葉にしきれない悲しみをそのまま伝える、中也を代表する詩です。
座右の銘にしたい文豪の言葉
文豪の言葉の中には、生き方の指針として座右の銘に選ばれることが多いものもあります。
実在の文豪をモデルにしたキャラクターが登場する漫画では、文豪ストレイドッグスの名台詞をキャラ・場面別に解説した記事もあります。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ(宮沢賢治)
宮沢賢治が1931年11月3日の日付で手帳に書きとめた「雨ニモマケズ」の結びの言葉で、作品として発表するために書いたものではありませんでした。
病気で寝込んでいた賢治が、ほめられもせず苦にもされない、そういう人になりたいと願った祈りのような言葉で、手帳のメモの最後には「南無妙法蓮華経」の題目が書かれています。
人間は生き、人間は堕ちる(坂口安吾)
戦争が終わった翌年の1946年に発表された坂口安吾の評論『堕落論』の言葉です。
ここでの「堕ちる」は悪くなることではなく、きれいごとの建前を捨てて、人間の弱さや欲望をありのまま認めることを指していて、「正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」とも書かれています。
いい人はいいね(川端康成)
1926年に発表された川端康成の小説『伊豆の踊子』で、踊子の薫が主人公のことを話す、何気ない一言です。
自分の性格にゆがみがあると悩んでいた主人公は、この素直な一言に救われ、人から認められることの力が静かに描かれています。
生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった(志賀直哉)
1917年に発表された志賀直哉の短編『城の崎にて』の言葉です。
電車の事故で大けがをした主人公が、小さな生き物の死を見つめるうちに、生と死はそれほど遠く離れたものではないと感じる場面で、静かに人生を見つめ直すきっかけをくれる言葉です。
あゝをとうとよ、君を泣く、君死にたまふことなかれ(与謝野晶子)
1904年、日露戦争に出征した弟を思って与謝野晶子が詠んだ詩の書き出しです。
国のためより、ひとりの命と家族の愛を大切にしたいという思いを、まっすぐに言葉にした詩として知られています。
海外の文豪の言葉
海外の作家や思想家の言葉にも、日本で座右の銘として親しまれているものがあります。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです(カフカ)
『変身』で知られるフランツ・カフカが、婚約者にあてた手紙に書いた言葉です。
前向きな言葉ではありませんが、無理に立ち上がらなくてもいいと思わせてくれる言葉として、がんばりすぎて疲れた人の心を軽くしています。
弱音のような言葉に救われたい人は、ネガティブな名言を紹介した記事も参考にしてください。
怪物と闘う者は、自分が怪物にならないよう気をつけよ(ニーチェ)
ドイツの哲学者ニーチェの著作『善悪の彼岸』の言葉で、深淵をのぞく者は深淵からものぞかれている、という意味の言葉が続きます。
悪と戦ううちに、自分も同じものになってしまう危うさを伝える言葉として、今も広く引用されています。
出典を確かめたい文豪の名言
よく知られている文豪の名言も、もとの作品の前後の文まで読むと、受け取り方が変わることがあります。
人生は地獄よりも地獄的である(芥川龍之介)
芥川龍之介の『侏儒の言葉』の言葉で、作品の中で確かめられます。
晩年に心の不調に苦しんだ芥川自身の、人生への深い絶望が表れた言葉として読まれています。
ただ、一さいは過ぎて行きます(太宰治)
太宰治の『人間失格』の第三の手記の終わりにある言葉で、直前には「いまは自分には、幸福も不幸もありません」と書かれています。
名言集では、時が過ぎれば楽になるという穏やかな言葉として紹介されることがありますが、もとは何も感じなくなった主人公の深い虚しさを表す言葉です。
誤って広まった文豪の名言
文豪の名言として紹介される言葉の中には、作品に見当たらないものや、別の人の言葉もあります。
「月が綺麗ですね」(夏目漱石)
漱石が「I love you」をこう訳したという話が有名ですが、漱石の作品や日記、講義の記録には見当たらず、出どころのわからない話です。
返事として知られる「死んでもいいわ」は、二葉亭四迷がツルゲーネフの小説『片恋』を訳したときに実際に使った言葉です。
「生れて、すみません」(太宰治)
太宰治の作品『二十世紀旗手』の副題として知られる言葉ですが、もとは詩人の寺内寿太郎の一行詩の言葉で、太宰が借りて使ったものです。
作品の中に見当たらない言葉
谷崎潤一郎の『春琴抄』の言葉とされる「何も考えずに暮らすこと、それが一番幸せなのだ」や、三島由紀夫の『金閣寺』の言葉とされる「私は何のために生まれてきたのか、誰のために生きているのか」は、作品の本文では同じ言葉を確かめられません。
森鷗外の言葉として紹介される「足ることを知ることこそが、幸福である」も、鷗外の作品で出典が確かめられていない言葉です。
文豪の名言に関するよくある質問
文豪の短い名言は?
夏目漱石の「智に働けば角が立つ」や、芥川龍之介の「人生は一箱のマッチに似ている」が、短くて有名な言葉です。
座右の銘にしたい文豪の言葉は?
宮沢賢治の「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」や、川端康成の「いい人はいいね」がよく挙げられます。
「月が綺麗ですね」は夏目漱石の言葉ですか?
漱石の作品や日記には見当たらず、出どころのわからない話です。
「人生は地獄よりも地獄的である」は誰の言葉ですか?
芥川龍之介の『侏儒の言葉』に書かれた言葉です。
文豪の名言まとめ
文豪の名言は、短い言葉だけでなく、どの作品のどんな場面の言葉かまで確かめると、作家がその一文に込めた本当の意味と、座右の銘にしたくなる言葉の深さがよくわかります。
漱石や芥川、太宰、賢治の言葉には、人の世の生きにくさと、それでも生きていこうとする人間の姿が描かれています。
一方で、「月が綺麗ですね」のように出典がわからない言葉や、作品に見当たらない言葉が文豪の名言として広まった例もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、宮沢賢治の「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」です。
気になった言葉は、青空文庫や文庫本で、前後の文章ごと味わってみてください。