渋沢栄一の名言として紹介される言葉には、本人の著作で原文を確かめられるものと、出典が見つからないまま広まったものが混ざっています。
よく知られた「夢七訓」も、渋沢栄一記念財団が「原典を確認できていない」としている言葉です。
渋沢栄一の名言は、『論語と算盤』などの出典と語られた背景まで確かめると、誤って広まった言葉と区別して意味を正しく受け取れます。
名言は『論語と算盤』の原文から確かめたものを章ごとに現代語の意味つきで並べ、出典の確認できない言葉も分けて取り上げています。
この記事のポイント
- 「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」は『論語と算盤』冒頭の言葉
- 「逆境は自ら招いたもの」は、原文では逆境を2種類に分けた話の半分
- 「災いは順調な時に芽生える」の原文は「人の禍は多くは得意時代に萠す」
- 「夢七訓」と「四十、五十は洟垂れ小僧」は本人の言葉と確かめられない
渋沢栄一の名言一覧
この記事で紹介する名言を、『論語と算盤』の章と項目の名前つきで一覧にします。
原文は長いため、名言の部分だけを短く載せています。
| 名言(原文の一部) | 『論語と算盤』の章・項目 |
|---|---|
| 論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いもの | 処世と信条「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」 |
| 正しい道理の富でなければ、其の富は完全に永続することが出来ぬ | 処世と信条「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」 |
| 士魂にして商才が無ければならぬ | 処世と信条「士魂商才」 |
| 適材の適所に処して | 処世と信条「人は平等なるべし」 |
| 争ひは決して絶対に排斥すべきものでなく | 処世と信条「争ひの可否」 |
| 自然的逆境は大丈夫の試金石 | 処世と信条「大丈夫の試金石」 |
| 凡そ人の禍は多くは得意時代に萠す | 処世と信条「得意時代と失意時代」 |
| 大なる立志と小さい立志と矛盾するやうなことがあつてはならぬ | 立志と学問「大立志と小立志との調和」 |
| 終身勉強して始めて満足するもの | 常識と習慣「人生は努力にあり」 |
| 世の謂ゆる成功は必ずしも成功でなく | 成敗と運命「失敗らしき成功」 |
| 成功や失敗の如きは、唯丹精した人の身に残る糟粕 | 成敗と運命「成敗は身に残る糟粕」 |
原文は旧かなづかいで書かれているため、各見出しでは現代語にした意味もあわせて紹介します。
渋沢栄一はどんな人か
名言の背景を知るために、まず渋沢栄一の経歴を短く押さえておきます。
渋沢栄一は、1840年に武蔵国榛沢郡血洗島村(現在の埼玉県深谷市)で、藍玉の製造と販売を手がける農家に生まれました。
幕臣としてパリ万博に随行したあと、明治政府を経て実業界に入り、1873年に日本最初の商業銀行である第一国立銀行を設立しています。
設立や経営に関わった会社は約500、社会公共事業として関わった団体は約600にのぼり、1931年に満91歳で亡くなりました(出典:渋沢栄一記念財団「渋沢栄一Q&A」)。
2021年にはNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公となり、2024年7月3日に発行が始まった新しい1万円札の肖像にも選ばれています。
ほかの偉人の言葉とも見比べたい方は、偉人の名言を出典と背景つきでまとめた記事も参考にしてください。
『論語と算盤』とはどんな本か
渋沢栄一の名言の多くは、講演や談話をまとめた『論語と算盤』から引かれています。
1916年(大正5年)に東亜堂書房から刊行された本で、次の10の章で構成されています。
- 処世と信条
- 立志と学問
- 常識と習慣
- 仁義と富貴
- 理想と迷信
- 人格と修養
- 算盤と権利
- 実業と士道
- 教育と情誼
- 成敗と運命
原文は、渋沢栄一記念財団のサイトで章ごとに全文を読むことができます(出典:論語と算盤オンライン)。
旧かなづかいの原文が読みにくい場合は、ちくま新書の守屋淳訳『現代語訳 論語と算盤』のような現代語訳から入ると、全体の流れをつかみやすくなります。
\ 原文の意味を現代語で /
仕事とお金についての名言
『論語と算盤』の中心にあるのは、道徳と利益は切り離せないという考え方です。
ここでは、仕事とお金についての言葉を、原文と現代語の意味つきで紹介します。
論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いもの
本の冒頭「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」に出てくる、書名の由来になった言葉です。
渋沢栄一は、論語と算盤はひどく不釣り合いに見えるが、算盤は論語によってでき、論語は算盤によって本当の富を生かすものだと語っています。
そのうえで「故に論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものであると始終論じて居る」と続けます。
道徳の本である論語と、商売の道具である算盤は、遠いようでいて実はとても近い関係にある、という意味です。
正しい道理の富でなければ、永続しない
同じ項目の終わりで、渋沢栄一は国の富を生む根源について語っています。
原文は「其の富を成す根源は何かと云へば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、其の富は完全に永続することが出来ぬ」です。
人を思いやる心や正しい筋道にそって得た富でなければ、富は長く続かないという意味です。
渋沢栄一はこの考えから、論語と算盤という離れたものを一致させることが、今いちばん大切な務めだと述べています。
士魂にして商才が無ければならぬ
「士魂商才」の項目では、武士の精神と商売の才能の両方が必要だと語られます。
原文は「武士的精神のみに偏して商才といふものが無ければ、経済の上から自滅を招くやうになる、故に士魂にして商才が無ければならぬ」です。
ただし渋沢栄一は、道徳から離れた、人をだますような商才は本当の商才ではないとも述べています。
志の高さと商売の力は、どちらかだけでは足りないという考え方です。
適材の適所に処して
「人は平等なるべし」の項目で、渋沢栄一は人を使うときの考え方を語っています。
原文では、自分の望みは「適所に適材を得ること」であり、「適材の適所に処して、而して何等かの成績を挙げることは、これ其人の国家社会に貢献する本来の道」だと述べています。
人を自分の勢力を築くための道具にはしない、自分のもとで舞台が狭いと感じたら、すぐに離れて広い舞台で活躍してほしい、とも語っています。
今もよく使われる「適材適所」を、人を縛らないための考え方として語っている点が印象に残ります。
争ひは決して絶対に排斥すべきものでなく
「争ひの可否」の項目で、渋沢栄一は争いを避けることだけが正しいのかを考えています。
原文は「私一己の意見としては、争ひは決して絶対に排斥すべきものでなく、処世の上にも甚だ必要のものであらうかと信ずるのである」です。
円満すぎると言われることもあるが、争いをすべて避けるほど円満な人間ではない、とも述べています。
道理にかなった競い合いは、人や社会を進歩させるために必要だという考え方と受け取れます。
生き方と成功についての名言
『論語と算盤』には、逆境や成功、失敗との向き合い方を語った言葉も多く収められています。
ここでは、生き方にかかわる言葉を紹介します。
自然的逆境は大丈夫の試金石
「大丈夫の試金石」の項目で、渋沢栄一は逆境を「人為的逆境」と「自然的逆境」の2つに分けて考えるよう説いています。
「大丈夫」は立派な男子、「試金石」は力量を試すものという意味で、自分ではどうにもならない逆境こそ人の真価が試される、という言葉です。
自然的逆境に立ったときは、それを自分の本分と覚悟し、天命に安んじながら、くじけずに努力を続けるのがよいと語っています。
渋沢栄一自身、幕臣としてパリに渡っている間に幕府が倒れ、帰国したときには逆境の人になっていたと振り返っています。
大なる立志と小さい立志と矛盾するやうなことがあつてはならぬ
「大立志と小立志との調和」の項目では、一生をかけた大きな志と、日々の小さな目標の関係が語られます。
原文は「詰り大なる立志と小さい立志と矛盾するやうなことがあつてはならぬ、此の両者は常に調和し一致するを要するものである」です。
小さな目標は変わってもよいが、それによって大きな志を動かしてはいけない、という意味です。
渋沢栄一はこの項目で、論語の「十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑はず」を引いて、孔子の立志についても考えています。
この論語の一節の意味は、孔子の「四十にして惑わず」を解説した記事で詳しく紹介しています。
終身勉強して始めて満足するもの
「人生は努力にあり」の項目で、渋沢栄一は知恵があっても働かせなければ役に立たないと語っています。
そのうえで、勉強も一時のものでは十分でなく、「終身勉強して始めて満足するものである」と述べています。
学び続けることが人を満たすという考え方で、晩年まで社会事業に関わり続けた渋沢栄一自身の生き方とも重なります。
世の謂ゆる成功は必ずしも成功でなく
「失敗らしき成功」の項目で、渋沢栄一は菅原道真と藤原時平を例に、成功と失敗の見え方を語っています。
当時の成功者だった時平は今では尊ばれず、罪なくして太宰府へ流された道真は、今では全国で祀られています。
ここから渋沢栄一は「世の謂ゆる成功は必ずしも成功でなく、世の謂ゆる失敗は必ずしも失敗でない」と述べます。
ただし、出資者のいる会社などの事業では、多くの人に迷惑をかけるため、何としても成功するよう努めなければならないとも書いています。
成功や失敗の如きは、身に残る糟粕
本の最後の項目「成敗は身に残る糟粕」で、渋沢栄一は成功や失敗を人の評価の基準にすることを戒めています。
原文は「成功や失敗の如きは、唯丹精した人の身に残る糟粕のやうなものである」です。
「糟粕」は酒かすのように、よいものを取ったあとに残るかすのことです。
成功や失敗は、真心を込めて努めた人に残るかすのようなもので、それよりも人として務めを果たすことを大切にせよ、という意味です。
よく紹介される名言を原文で確かめる
名言サイトで紹介される渋沢栄一の言葉には、原文を現代風に言い換えたものが多くあります。
言い換えの過程で、もとの意味から少しずれてしまった言葉もあるため、原文と比べておきます。
「逆境は自ら招いた境遇なのだ」
この言葉は、「大丈夫の試金石」で語られた逆境の話のうち、「人為的逆境」の部分を短くしたものとみられます。
原文では、人為的逆境に陥ったときは「何でも自分に省みて悪い点を改めるより外はない」と語られています。
一方で渋沢栄一は、社会の大きな変化のように自分ではどうにもならない「自然的逆境」もあると述べ、その場合は天命と受け止めるよう説いています。
すべての逆境を自分のせいだとする言葉ではない点に注意が必要です。
「災いの多くは、すべてが順調に進んでいる時に前触れがある」
この言葉は、「得意時代と失意時代」の項目の書き出しを現代風に言い換えたものとみられます。
原文は「凡そ人の禍は多くは得意時代に萠すもので、得意の時は誰しも調子に乗るといふ傾向があるから、禍害は此の欠陥に喰ひ入るのである」です。
続けて渋沢栄一は、うまくいっているからといって気を緩めず、うまくいかないからといって落ち込まず、いつも同じ心で筋道を守るよう説いています。
調子のよいときほど小さなことを軽く見がちだ、という戒めもこの項目で語られています。
「外見で内面を判断してはいけない」
この言葉に近い内容は、「人物の観察法」の項目にあります。
渋沢栄一は論語の「視、観、察」を引き、「視」は外形を目で見るだけだが、「観」は心の目で奥まで見ることだと説明しています。
人を本当に知るには、外から見える行いだけでなく、その動機や、何に満足しているかまで見るべきだという考え方です。
「外見で判断するな」と言い切った言葉ではなく、人を見る順番を示した言葉として読むと、原文に近くなります。
渋沢栄一の言葉と確かめられない名言
渋沢栄一の名言として広まっている言葉の中には、本人の著作や講演で出典を確かめられないものもあります。
使う前に知っておきたい代表的な言葉を紹介します。
夢七訓
「夢なき者は理想なし」から始まり、「ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず」で終わる7つの句が、「夢七訓」として渋沢栄一の言葉とされることがあります。
しかし渋沢栄一記念財団は、渋沢史料館への問い合わせが多い質問だとしたうえで、現在のところ原典を確認できていないと答えています(出典:渋沢栄一記念財団「渋沢栄一Q&A」)。
渋沢栄一の言葉として紹介するときは、原典が確認されていないことを添えるのが安心です。
「四十、五十は洟垂れ小僧」
「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」という言葉も、渋沢栄一の名言として広く紹介されています。
ただし、この言葉が本人のどの著作や講演に出てくるのかは、示されないまま広まっています。
彫刻家の平櫛田中には、「六十、七十ははな垂れ小僧」という似た言葉が伝わっています(出典:JBpress)。
人生100年時代を励ます言葉として人気がありますが、渋沢栄一の言葉として使うのは、出典が確かめられてからにしたほうがよいでしょう。
そのほかの出典が見つからない言葉
名言サイトでよく見かける次の言葉も、『論語と算盤』の原文には見当たらず、出典を確かめられませんでした。
- 私は悲観も楽観もしたことがない
- 私利私欲ばかり考えていないか
- 商業にも高度な教育が必要だ
- 多くの財産を子供に残すことを目的とするのは間違いだ
- 管理職ばかり増えても、会社は発展しない
気になる言葉は、原文を公開している論語と算盤オンラインで検索してみると、本人の言葉かどうかを確かめられます。
渋沢栄一の名言に関するよくある質問
渋沢栄一の一番有名な言葉は何ですか?
書名にもなった「論語と算盤」がよく知られています。
道徳と利益は、遠いようで実は近い関係にあるという意味です。
夢七訓は渋沢栄一の言葉ですか?
渋沢栄一記念財団は、現在のところ原典を確認できていないとしています。
本人の言葉と言い切ることはできません。
『論語と算盤』の原文はどこで読めますか?
渋沢栄一記念財団の「論語と算盤オンライン」で、章ごとに全文を読めます。
1916年の再版本をもとにしたテキストと、本の画像の両方が公開されています。
渋沢栄一は本当に500社を作ったのですか?
すべてを自分で作ったわけではありません。
設立への助言や資金集め、仲裁なども含め、設立や経営に関わった会社が約500あるという意味です。
渋沢栄一の名言のまとめ
渋沢栄一の名言は、『論語と算盤』などの出典と語られた背景まで確かめると、誤って広まった言葉と区別して意味を正しく受け取れます。
原文には、道徳と利益を一致させることや、成功や失敗にとらわれず人としての務めを果たすことが繰り返し語られています。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、「論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いもの」です。
一方で、「夢七訓」や「四十、五十は洟垂れ小僧」のように、本人の言葉と確かめられないまま広まった言葉もあります。
気になった名言は、原文を読んでから使ってください。