孔子の名言の代表に、「四十にして惑わず」や「故きを温めて新しきを知る」があります。
ただ、孔子の名言として広まっている言葉には、『論語』ではなく別の古典に載っているものや、孔子と関係のない格言が混ざっているものもあります。
孔子の名言は、『論語』の原文と書き下し文、現代語訳を篇名つきで確かめると、短い言葉の本来の意味と、今の使われ方との違いまで正しく理解できます。
『論語』の名言は「四十にして惑わず」の章の全文から始め、学び・人との関わり・生き方・仕事のテーマ別に並べたうえで、孔子の言葉として誤って広まった言葉も取り上げています。
この記事のポイント
- 「四十にして惑わず」は『論語』為政篇の、孔子が生涯を振り返る章の一節
- 「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」は、孔子が一生守るべきとした「恕」の言葉
- 「吾日に吾が身を三省す」は、孔子ではなく弟子の曾子の言葉
- 「苛政は虎よりも猛し」は『論語』ではなく『礼記』の言葉
孔子の名言一覧
この記事で紹介する主な名言を、篇名つきで一覧にします。
| 名言(書き下し) | 篇名 | テーマ |
|---|---|---|
| 四十にして惑わず | 為政第二 | 生き方 |
| 故きを温めて新しきを知る | 為政第二 | 学び |
| 学びて時に之を習う、亦説ばしからずや | 学而第一 | 学び |
| 己の欲せざる所は人に施すこと勿れ | 衛霊公第十五 | 思いやり |
| 義を見て為さざるは、勇無きなり | 為政第二 | 心構え |
| 速やかならんと欲すれば則ち達せず | 子路第十三 | 仕事 |
孔子と『論語』とは
孔子は、紀元前551年ごろに中国の魯の国(今の山東省)で生まれたとされる思想家で、紀元前479年ごろに亡くなりました。
思いやりの心である「仁」と、社会の決まりである「礼」を大切にする政治を目指して諸国を巡りましたが、思うように用いられず、晩年は故郷で弟子の教育に力を注ぎました。
『論語』は孔子自身が書いた本ではなく、孔子の死後、弟子たちが師の言葉や問答を記録してまとめた語録で、「学而第一」から「堯曰第二十」までの20篇からなります。
日本には古くに伝わり、『古事記』や『日本書紀』には、百済から来た王仁が『論語』を伝えたという話が記されています。
『論語』の言葉を原文・書き下し文・現代語訳でまとめて読みたいなら、岩波文庫の金谷治さん訳注の『論語』が定番です。
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「四十にして惑わず」の全文と意味
「四十にして惑わず」は、孔子が自分の一生を振り返って語った、『論語』の中でも特に有名な章の一節です。
吾十有五にして学に志す
為政篇のこの章の書き下し文は、「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」です(参考:コトバンク)。
15歳で学問を志し、30歳で自立し、40歳で迷わなくなり、50歳で天から与えられた使命を知り、60歳で人の言葉を素直に聞けるようになり、70歳で思うままに行動しても道を外れなくなった、という意味です。
志学・而立・不惑・知命・耳順・従心
この章から、15歳を「志学(しがく)」、30歳を「而立(じりつ)」、40歳を「不惑(ふわく)」、50歳を「知命(ちめい)」、60歳を「耳順(じじゅん)」、70歳を「従心(じゅうしん)」と呼ぶようになりました。
今でも「不惑を迎える」のように、年齢を表す言葉として使われています。
「惑わず」の本当の意味
「四十にして惑わず」は、40歳になれば迷いや不安がなくなる、という意味で使われることが多い言葉です。
ただ、「惑」には物事を見極められずに対応を決めかねる、という意味があり、どんな事態にも判断の軸を持って対応できるようになった、と読む説もあります。
さらに、「惑」をもとは「或(区切る)」の字だったと考え、40歳で自分の可能性に枠をはめなくなった、と解釈する説もあり、年齢の目安というより、学び続けた人の到達点を語った言葉だと言えます。
学びについての名言
孔子は、知識を覚えるだけでなく、くり返し身につけ、自分で考えることを大切にしました。
学びて時に之を習う、亦説ばしからずや
『論語』の最初の篇、学而篇の冒頭の言葉で、学んだことを機会あるごとにくり返して身につけるのは、なんと喜ばしいことだろう、という意味です。
故きを温めて新しきを知る
為政篇の言葉で、「以て師と為るべし」と続き、昔のことを学び直してそこから新しい知識を得られる人は、人の師になれる、という意味です。
四字熟語の「温故知新」は、この言葉がもとになっています。
学びて思わざれば則ち罔し
為政篇の言葉で、「思いて学ばざれば則ち殆うし」と続きます。
人から学ぶだけで自分で考えなければ本当には理解できず、自分で考えるだけで人から学ばなければ独りよがりになって危うい、という意味です。
人との関わりについての名言
孔子の思想の中心にある「仁」は、人を思いやる心のことで、その実践を語った言葉が多く残っています。
己の欲せざる所は人に施すこと勿れ
衛霊公篇で、弟子の子貢に一生守るべき一言を聞かれた孔子が、「其れ恕か」と答えたあとに続けた言葉です。
自分がされたくないことは人にしてはいけない、という意味で、相手の気持ちを推し量る「恕」こそが大切だと説いています。
君子は和して同ぜず
子路篇の言葉で、立派な人は周りと協調するが、むやみに同調はしない、という意味です。
「小人は同じて和せず」と続き、つまらない人はすぐに同調するが、心から協調することはないと対比しています。
『論語』を仕事に生かした日本人の言葉は、渋沢栄一の名言を解説した記事で紹介しています。
生き方と仕事についての名言
孔子の言葉には、正しい行いをする勇気や、焦らずに物事を進める大切さを説いたものもあります。
義を見て為さざるは、勇無きなり
為政篇の言葉で、人として正しいことだとわかっていながら行わないのは、勇気がないからだ、という意味です。
朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり
里仁篇の言葉で、朝に人として歩むべき道を悟ることができたら、その日の夕方に死んでもかまわない、という意味です。
それほどまでに、真理を知ることを強く求めた孔子の姿勢が表れています。
速やかならんと欲すれば則ち達せず
子路篇で、町の長官になった弟子に政治の心得を聞かれた孔子の言葉で、早く成果を出そうと焦ると目的を達成できない、という意味です。
「小利を見れば則ち大事成らず」と続き、目先の小さな利益にとらわれると大きな仕事は成し遂げられないと戒めています。
孔子の言葉と間違えやすい名言
孔子の名言として紹介される言葉の中には、『論語』に載っていないものや、弟子の言葉もあります。
「吾日に吾が身を三省す」
学而篇の言葉ですが、孔子ではなく弟子の曾子の言葉で、自分は毎日、何度も自分の行いを反省する、という意味です。
「苛政は虎よりも猛し」「水清ければ魚棲まず」
どちらも孔子の言葉として伝わりますが、「苛政は虎よりも猛し」は『礼記』、「水清ければ魚棲まず」は『孔子家語』などに出てくる言葉で、『論語』には載っていません。
「止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい」
英語の「It does not matter how slowly you go as long as you do not stop.」が孔子の名言として広まっていますが、『論語』にこの言葉はありません。
『論語』の別の章を英語に訳すときに大きく意訳されたものという説もありますが、孔子の言葉としては確かめられません。
孔子の名言に関するよくある質問
「四十にして惑わず」の全文は?
「吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」です。
「三十にして立つ」とはどういう意味ですか?
30歳で学問の基礎が固まり、自分の考えを持って自立した、という意味です。
「温故知新」は孔子の言葉ですか?
『論語』為政篇の「故きを温めて新しきを知る」がもとになった言葉です。
『論語』は孔子が書いた本ですか?
孔子の死後に、弟子たちが孔子の言葉や問答をまとめた語録です。
孔子の名言まとめ
孔子の名言は、『論語』の原文と書き下し文、現代語訳を篇名つきで確かめると、短い言葉の本来の意味と、今の使われ方との違いまで正しく理解できます。
「四十にして惑わず」をはじめ、学び続けることや人を思いやることを説いた孔子の言葉は、2500年たった今も生き方の指針になっています。
一方で、弟子の言葉や『論語』以外の古典の言葉が、孔子の名言として広まっている例もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」です。
気になった言葉は、『論語』の訳注書にあたって、前後の問答ごと味わってみてください。