ピカソの名言として広まっているのが、「子供は誰でも芸術家だ」や「私は捜し求めない。見出すのだ」です。
ところが、ピカソの名言として広まっている言葉の中には、本人の記録が見つからないものや、別の画家の言葉だったものもあります。
ピカソの名言は、ネットの定番の言い回しをそのまま本人の言葉とせず、インタビューや証言など確かめられる出典から背景まで読むことで、考え方を正確につかめます。
「芸術とは真実を悟らせてくれる嘘である」は1923年のインタビューで確かめられる言葉ですが、「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」はピカソの言葉ではありません。
この記事のポイント
- 「芸術とは真実を悟らせてくれる嘘である」は1923年のインタビューの言葉
- 「私は捜し求めない。見出すのだ」は、本来はもっと長い発言を短くした形
- 「私はいつも自分のできないことをしている」はゴッホの手紙の言葉とされる
- 「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」もピカソの言葉ではない
ピカソの名言一覧
この記事で紹介する主な名言を、原文と出典つきで一覧にします。
| 名言 | 原文(英訳) | 出典 |
|---|---|---|
| 芸術とは、真実を悟らせてくれる嘘である | Art is a lie that makes us realize truth. | 1923年『The Arts』誌のインタビュー |
| 大切なのは、見出すことだ | To find, is the thing. | 1923年『The Arts』誌のインタビュー |
| 私にとって、絵とは破壊の集積である | In my case a picture is a sum of destructions. | 1935年、ゼルヴォスとの対話 |
| 抽象芸術というものは存在しない | There is no abstract art. | 1935年、ゼルヴォスとの対話 |
| 絵画は、敵に対する戦争の道具である | un instrument de guerre…contre l'ennemi | 1945年『Les Lettres françaises』誌 |
ピカソとは
パブロ・ピカソは、1881年にスペインのマラガで生まれ、1973年に南フランスで亡くなった画家です(出典:Musée national Picasso-Paris)。
親友の死をきっかけに青い色で人々の悲しみを描いた「青の時代」を経て、1907年の《アヴィニョンの娘たち》で、ものを幾何学的な形に分けて描く「キュビスム」を切り開きました。
1937年には、スペイン内戦で爆撃を受けた町を描いた《ゲルニカ》を発表し、絵画のほか彫刻や陶芸など、生涯で膨大な作品を残しました。
日本でも、館内にピカソ館がある箱根の彫刻の森美術館や、ポーラ美術館、ひろしま美術館などでピカソの作品を見ることができます。
ピカソの言葉は、本人と長く過ごした人たちの記録を読むと、話された場面ごと知ることができます。
山口路子さんの『ピカソの言葉』(だいわ文庫)は、ピカソの言葉をテーマ別に集めた文庫本です。
本で読むときも、出典がはっきりしている言葉かどうかを意識すると、より正確に味わえます。
\ ピカソの言葉を本で読む /
創造と芸術についての名言
ピカソの言葉には、絵を描くことを通して「本当のこと」をつかもうとする考え方が表れています。
芸術とは、真実を悟らせてくれる嘘である
1923年、アメリカの雑誌『The Arts』のインタビューで語った「Art is a lie that makes us realize truth.」という言葉です。
絵は現実そのものではなく作りものですが、だからこそ、ふだん気づかない真実を見る人に気づかせる、という考え方が込められています。
私にとって、絵とは破壊の集積である
1935年、美術評論家クリスチャン・ゼルヴォスとの対話で語った言葉です。
かつての絵は描き足して完成させるものだったが、自分の絵は壊しては作り直すことの積み重ねだ、という意味で、キュビスムを生んだピカソの制作の仕方が表れています。
ネットで広まっている「いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ」は、この言葉を言い換えたものと考えられます。
抽象芸術というものは存在しない
同じ1935年の対話の言葉で、「常に何かから始めなければならない」と続きます。
どれほど形をくずした絵でも、ピカソは必ず人物や楽器など現実のものから描き始めていました。
対話の中では「そのあとで現実の痕跡を消していくのだ」とも語っていて、現実から出発しながら、見たままではない形へと作りかえていく制作の流れがわかります。
絵画と社会についての名言
戦争の時代を生きたピカソは、芸術家が社会とどう向き合うかについても強い言葉を残しています。
絵画は、敵に対する戦争の道具である
第二次世界大戦の終わりごろ、1945年にフランスの雑誌『Les Lettres françaises』のインタビューで語った言葉です。
「絵画はアパートを飾るために作られるのではない」と前置きし、絵は不正や暴力に立ち向かう武器にもなると語りました。
《ゲルニカ》は、1937年のパリ万国博覧会のスペイン館のために描かれた作品です。
《ゲルニカ》を描いたピカソだからこそ、重みを持って響く言葉です。
「私は捜し求めない。見出すのだ」の本当の出典
ピカソの代表的な名言として知られるこの言葉は、本人の発言をそのまま記録したものではありません。
1923年のインタビューの「To find, is the thing.」
1923年の『The Arts』誌のインタビューで、ピカソは、絵画で「探求」という言葉が重んじられるのがわからない、大切なのは見出すことだ、と語っています。
この長い発言が、のちに雑誌に載った文章の中で「私は捜し求めない。見出すのだ(Je ne cherche pas, je trouve)」という短い形にまとめられ、広まったとされています。
偉人のほかの名言もあわせて読みたい方は、偉人の名言集を解説した記事も読んでみてください。
ピカソの名言として誤って広まった言葉
ピカソの名言として紹介される言葉の中には、別の人の言葉や、出典がわからない言葉もあります。
私はいつも自分のできないことをしている。そうすればできるようになるからだ
ピカソの挑戦心を表す言葉として有名ですが、画家ゴッホが1885年に友人の画家ラッパルトに宛てたオランダ語の手紙の言葉とされています。
名言の出典を調べるQuote Investigatorによると、インターネットが広まったころに、誤ってピカソの言葉として紹介されるようになったとされています。
優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む
スティーブ・ジョブズが「ピカソが言ったように」と紹介したことで有名になりましたが、ピカソの発言の記録には見当たりません。
似た考え方は、詩人T・S・エリオットが1920年の評論に書いた「未熟な詩人は模倣し、成熟した詩人は盗む」という言葉にさかのぼるとされています。
子供は誰でも芸術家だ
「問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」と続く有名な言葉ですが、1976年の雑誌に出典を示さずに載ったのが古い記録で、本人の発言かどうかははっきりしていません。
「できると思えばできる」や「明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけだ」も、ピカソの発言としての確かな記録は見つかっていません。
ピカソの名言に関するよくある質問
「子供は誰でも芸術家だ」はピカソの言葉ですか?
ピカソの言葉として有名ですが、本人の発言としての確かな記録は見つかっていません。
「私は捜し求めない。見出すのだ」の元の言葉は?
1923年のインタビューで語った「大切なのは見出すことだ(To find, is the thing.)」という発言が、短くまとめられて広まったとされています。
ピカソの確かな名言はありますか?
1923年のインタビューの「芸術とは、真実を悟らせてくれる嘘である」が、出典を確かめられる代表的な言葉です。
「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」は誰の言葉?
ピカソの発言の記録には見当たらず、詩人T・S・エリオットの言葉が元になったとされています。
ピカソの名言まとめ
ピカソの名言は、ネットの定番の言い回しをそのまま本人の言葉とせず、インタビューや証言など確かめられる出典から背景まで読むことで、考え方を正確につかめます。
壊しては作り直す制作の仕方や、戦争に向き合う姿勢など、ピカソの言葉には彼の生き方が表れています。
「子供は誰でも芸術家だ」や「偉大な芸術家は盗む」のように、確かな記録がない言葉も広まっています。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、「芸術とは、真実を悟らせてくれる嘘である」です。
気になった言葉は、作品や記録と合わせて味わってみてください。