本田宗一郎の名言としてよく知られるのが、「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」や「負けるもんか」です。
ところが、本田宗一郎の名言として広まっている言葉の中には、本人の著書や記録で確かめられないものや、ホンダの広告のコピーだったものも含まれています。
本田宗一郎の名言はネット上の定番表現を無条件に本人の言葉とせず、著書・講演・書簡・インタビューなど確認できる出典を優先し、背景まで読むことで考え方を正確につかめます。
「負けるもんか」は2012年のホンダの企業広告のコピーで、本田の口ぐせとして伝わるのは「やってみもせんで、何がわかる」です。
この記事のポイント
- 「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」は、本田宗一郎の言葉として伝わる
- 「負けるもんか」は、2012年のホンダの企業広告のコピー
- 「やってみせ、言って聞かせて…」は山本五十六の言葉で、本田の口ぐせは「やってみもせんで、何がわかる」
- 「最上段のない終わりなき階段」などは、出典を確かめられない
本田宗一郎の名言一覧
この記事で紹介する主な名言を、出典つきで一覧にします。
| 名言 | 出典 |
|---|---|
| 成功は99%の失敗に支えられた1%だ | 本人の言葉として伝わる |
| 百二十パーセントの良品を目指して | 社内報『ホンダ月報』(1953年) |
| やってみもせんで、何がわかる | 本田の口ぐせとして伝わる |
| 社長なんて偉くも何ともない | 講演での発言とされる |
| 自分と同じなら二人は必要ない | 著書『私の手が語る』 |
| 得手に帆あげて | 著書の題名(1962年) |
本田宗一郎とは
本田宗一郎は、1906年に静岡県の光明村(今の浜松市天竜区)で生まれ、1991年に84歳で亡くなった技術者・経営者です。
東京の自動車修理工場「アート商会」で修業したあと独立し、1948年に本田技研工業を設立しました。
従業員34人、資本金100万円の浜松の小さな町工場からの出発だったと、Hondaの公式サイトでも紹介されています(出典:Honda ヒストリー)。
経営と販売を任せた藤沢武夫とともに会社を世界的な企業に育て、1973年に二人そろって経営の第一線を退きました。
亡くなったときは、「自分の葬式で交通渋滞を起こしては申し訳ない」という考えから社葬を行わず、代わりに「お礼の会」が開かれたことでも知られています。
本田宗一郎の考え方は、本人が書いた本を読むと、言葉が生まれた現場の様子まで伝わってきます。
\ 本人が語る「得意を生かす」生き方 /
挑戦と失敗についての名言
本田宗一郎の言葉の中心にあるのは、失敗を恐れずに挑戦し続ける技術者としての姿勢です。
成功は99%の失敗に支えられた1%だ
本田宗一郎を代表する言葉で、ホンダの資料などでも本人の言葉として紹介されています。
本田は、失敗を新しい知恵を生むための大切な過程と考えていて、恐れるべきは失敗そのものではなく、失敗を恐れて何もしないことだと考えていました。
新しいことをやれば、必ず、しくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる
創業35周年の記念の場で語った言葉とされ、技術開発の現場の苦しさと粘り強さがそのまま表れています。
のちにホンダの広告コピー「負けるもんか」にも、この言葉の考え方が取り入れられました。
百二十パーセントの良品を目指して
1953年の社内報『ホンダ月報』に書かれた考え方で、完成品から部品まで百二十パーセントの良品を目指すという意味です。
百パーセントを目標にすると、どうしてもわずかな不良品が出てしまい、それを買ったお客さんにとっては百パーセントの不良品になるという考えから生まれた言葉で、今もホンダの品質の考え方として受け継がれています。
仕事と人についての名言
本田宗一郎は、役職や肩書きよりも、一人ひとりの個性と現場の実感を大切にしていました。
社長なんて偉くも何ともない
「課長、部長、包丁、盲腸と同じだ」と続く言葉で、役職は命令の流れをはっきりさせるための記号にすぎないという考えを、冗談を交えて語ったものとされています。
役職に関係なく本音で話し合うホンダの「ワイガヤ」の文化にも、この考え方が表れています。
社長室にこもるより工場の現場で油にまみれることを好んだ本田らしく、肩書きで人を判断しない姿勢がよく伝わる言葉です。
自分と同じなら二人は必要ない
1982年の著書『私の手が語る』にある言葉で、「自分一人でじゅうぶんだ」と続きます。
自分と違う性格や能力の人と一緒に仕事をすることで、一人ではできないことができるという、多様な人材を大切にする考え方です。
やってみもせんで、何がわかる
本田宗一郎の口ぐせとして伝わる言葉で、経営学者の伊丹敬之さんによる本田の評伝の題名にもなっています。
机の上で考えるより、まず実際に試してみることで本当のことがわかるという、現場を何より大切にした本田らしい言葉です。
日本の偉人のほかの名言もあわせて読みたい方は、日本の偉人の名言を解説した記事も読んでみてください。
夢と人生についての名言
本田宗一郎は、会社のためではなく、自分のために働くことの大切さも語っています。
得手に帆あげて
1962年に出版された本田の著書の題名で、自分の得意なこと(得手)に力を注いで、追い風を受けて進もうという意味です。
誰にでも得意なことがあり、それを生かすことが本人にとっても会社にとっても一番の力になるという考え方が込められています。
世界一じゃなきゃ日本一じゃない
ホンダに受け継がれる考え方として知られる言葉で、日本一を目指すのではなく、はじめから世界を目指せという意味です。
1954年に、当時の世界最高峰のオートバイレースだったマン島TTレースへの出場を宣言したことにも、この考え方が表れています。
まだ小さな会社だったホンダが世界の舞台に挑むという宣言は、社員を奮い立たせ、のちに実際にレースで好成績を収めることにつながりました。
本田宗一郎の名言として誤って広まった言葉
本田宗一郎の名言として紹介される言葉の中には、本人の言葉ではないものや、出典を確かめられないものもあります。
負けるもんか
本田宗一郎の言葉として広まっていますが、もとは2012年にホンダが出した企業広告のコピーです。
広告の文章には、本田の「新しいことをやれば、必ずしくじる」という言葉の考え方が取り入れられていて、それが創業者本人の名言として広まったと考えられています。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ
本田宗一郎の言葉として紹介されることがありますが、これは海軍の山本五十六の言葉として知られるものです。
本田の口ぐせは「やってみもせんで、何がわかる」で、どちらも「まずやってみる」ことを重んじる言葉だったため、混同されたと考えられます。
出典を確かめられない言葉
「人生における夢とか目的といったものは、最上段のない終わりなき階段である」「人間に好き嫌いのある人は真の指導者になれない」は、本人の著書や記録で出典を確かめられていません。
「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」も、本田の考え方を言いかえた言葉と考えられ、そのままの形の記録は見つかっていません。
本田宗一郎の名言に関するよくある質問
「負けるもんか」は本田宗一郎の言葉ですか?
本人の言葉ではなく、2012年のホンダの企業広告のコピーです。
「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」は本当に本田宗一郎の言葉ですか?
本田宗一郎の言葉として、ホンダの資料などでも紹介されています。
本田宗一郎の努力についての名言は?
「新しいことをやれば、必ず、しくじる」で始まり、寝る時間を削ってでも何度もやると続く言葉がよく知られています。
本田宗一郎の著書でおすすめは?
人生観がわかる『得手に帆あげて』や、日本経済新聞の連載をまとめた『夢を力に』などがあります。
本田宗一郎の名言まとめ
本田宗一郎の名言はネット上の定番表現を無条件に本人の言葉とせず、著書・講演・書簡・インタビューなど確認できる出典を優先し、背景まで読むことで考え方を正確につかめます。
本人の言葉からは、失敗を恐れずに挑戦し、現場で試し、一人ひとりの得意を生かすという生き方が伝わってきます。
「負けるもんか」や「やってみせ…」のように、広告や別の人の言葉が本田の名言として広まった例もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、「やってみもせんで、何がわかる」です。
気になった言葉は、本人の著書や記録にふれて、背景ごと味わってみてください。