夏目漱石の名言としてよく知られているのが、『草枕』の「智に働けば角が立つ」や、「月が綺麗ですね」の逸話です。
ただ、夏目漱石の名言として広まっている言葉には、漱石の作品や手紙に見当たらないものや、もとの場面とは違う意味で使われているものもあります。
夏目漱石の名言は、小説・講演・手紙のどこに書かれた言葉かを作品名と場面つきで確かめると、短い一節に込められた漱石の考えと、物語の中での重みが正しく伝わります。
この記事のポイント
- 「自己本位」の名言は、1914年の講演『私の個人主義』の言葉
- 「牛のように図々しく」は、芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙の言葉
- 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」は『こゝろ』で人を追い詰める言葉
- 「月が綺麗ですね」を漱石が訳したという記録は見つかっていない
夏目漱石の名言一覧
この記事で紹介する主な名言を、作品名つきで一覧にします。
| 名言 | 作品 | 発表年 |
|---|---|---|
| 吾輩は猫である。名前はまだ無い | 『吾輩は猫である』 | 1905年 |
| 智に働けば角が立つ | 『草枕』 | 1906年 |
| 真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ | 『虞美人草』 | 1907年 |
| 精神的に向上心のないものは馬鹿だ | 『こゝろ』 | 1914年 |
| 私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました | 講演『私の個人主義』 | 1914年 |
| 牛のように図々しく進んで行くのが大事です | 芥川龍之介・久米正雄宛の手紙 | 1916年 |
夏目漱石とは
夏目漱石は、1867年に江戸の牛込(今の東京都新宿区)で生まれた小説家で、本名を夏目金之助といいます。
帝国大学の英文科を卒業して松山や熊本で教師を務め、1900年から2年間、英語研究のためにイギリスへ留学しました(参考:漱石山房記念館)。
帰国後に書いた『吾輩は猫である』が評判となり、1907年に大学を辞めて東京朝日新聞社の専属作家となって、『三四郎』『それから』『こゝろ』などを新聞に連載しました。
家には芥川龍之介や寺田寅彦など多くの門下生が集まり、「木曜会」と呼ばれる会が開かれていましたが、1916年、『明暗』を書き上げる前に49歳で亡くなりました。
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小説に残る名言
漱石の小説の名言は、地の文の一節か、登場人物の台詞かによって、受け取り方が大きく変わります。
吾輩は猫である。名前はまだ無い
1905年に雑誌『ホトトギス』で発表が始まった『吾輩は猫である』の書き出しで、語り手の猫が自分のことを語り始める場面です。
同じ作品の終わり近くには、「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」という一節があり、にぎやかな人間たちの奥にある寂しさを猫の目から描いています。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される
1906年の『草枕』の冒頭で、山道を登る画家が考えごとをする場面の地の文で、「意地を通せば窮屈だ」と続きます。
理屈ばかりでは人とぶつかり、情に流されれば自分を見失い、意地を通せば窮屈になる、とにかく人の世は住みにくい、という意味です。
同じ冒頭には、「嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ」という一節もあり、楽しいことにも苦しみがついて回る人の世を描いています。
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている
1906年の『坊っちゃん』の書き出しで、主人公の「おれ」が自分の生い立ちと性格を語り始める地の文です。
まっすぐで曲がったことが嫌いな主人公が、損をしてでも自分を貫いていく物語の始まりを、短い一文で印象づけています。
滅びるね
1908年の『三四郎』で、熊本から東京へ向かう汽車の中、日本はこれから発展するだろうと言う三四郎に、のちに広田先生とわかる男がすまして返す言葉です。
日露戦争に勝って浮かれる日本を冷静に見つめた、漱石の文明批評として今もよく引用されます。
stray sheep
1908年の『三四郎』で、ヒロインの美禰子が三四郎に向かってつぶやく英語の言葉で、迷える羊、という意味です。
自分の気持ちも、二人の関係もはっきりさせられない若者たちの姿を象徴する言葉として、物語の中で何度もくり返されます。
真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ
1907年の『虞美人草』で、登場人物が語る台詞です。
このあと、頭の中にあるものを遠慮なく世の中にぶつけてこそ、本当に真面目になった気持ちになる、という意味の言葉が続き、まじめさとは全力でぶつかることだと語っています。
精神的に向上心のないものは馬鹿だ
1914年の『こゝろ』で、もともとはKという人物が口にしていた言葉を、「先生」がKに投げ返す場面で知られる台詞です。
努力をすすめる名言として紹介されることがありますが、物語の中では、恋に悩むKを追い詰めるために使われた言葉で、前後の場面を知るとまったく違う重みがあります。
講演と手紙に残る名言
漱石の考え方は、小説だけでなく、講演や門下生への手紙にもはっきりと表れています。
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました
1914年に学習院で行った講演『私の個人主義』の言葉です。
イギリス留学中に、西洋の考えをまねるだけの自分に悩んだ漱石が、自分の頭で考えて立つ「自己本位」という足場を見つけ、強くなれたと振り返っています。
牛のように図々しく進んで行くのが大事です
1916年8月21日、若い作家だった芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙の一節で、あせってはいけないという言葉とともに書かれています。
同じ8月24日の手紙では、「世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません」と、一瞬のひらめきより根気が大切だと伝えています。
亡くなる4か月ほど前に、才能ある弟子たちへ送った、漱石の温かい励ましの言葉です。
短い名言をもっと読みたい方は、短い偉人の名言を紹介した記事も読んでみてください。
漱石が使い始めたとされる言葉
漱石は、西洋の新しい考えを日本語で表すために、漢字の当て字も工夫しました。
浪漫
「ロマン」に漢字を当てた「浪漫」は、漱石が使い始めた当て字とされ、のちに「浪漫主義」などの言葉として広まりました。
このほか、作品の中で独特の当て字を多く使ったことでも知られ、新聞連載を通じて多くの読者の目にふれました。
出典が見つからない漱石の名言
夏目漱石の名言として紹介される言葉の中には、作品や手紙で確かめられないものもあります。
「月が綺麗ですね」
英語教師だった漱石が、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳すよう教えたという話はよく知られています。
ただ、漱石の作品や日記、手紙、講義の記録にはこの話が見当たらず、漱石が亡くなってからずっとあとに広まった逸話と考えられています。
「恋心というやつ、いくら罵りわめいたところで」
漱石の恋愛の名言として紹介されることがありますが、漱石の作品や手紙には見当たりません。
「僕は死ぬ迄進歩するつもりで居る」も、漱石の言葉として紹介されますが、出典を確かめられる記録は見つかっていません。
夏目漱石の名言に関するよくある質問
「月が綺麗ですね」は夏目漱石の言葉ですか?
漱石の作品や手紙には見当たらず、あとから広まった逸話と考えられています。
「智に働けば角が立つ」はどの作品の言葉ですか?
1906年の小説『草枕』の冒頭の一節です。
「牛のように図々しく」は誰に宛てた言葉ですか?
1916年8月に、芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙の言葉です。
夏目漱石の短い名言は?
『吾輩は猫である』の書き出しにある「名前はまだ無い」や、『三四郎』の「滅びるね」がよく知られています。
夏目漱石の名言まとめ
夏目漱石の名言は、小説・講演・手紙のどこに書かれた言葉かを作品名と場面つきで確かめると、短い一節に込められた漱石の考えと、物語の中での重みが正しく伝わります。
『草枕』の人の世の住みにくさから、『私の個人主義』の自己本位、弟子への「牛のように」の励ましまで、漱石の言葉には悩みながら自分の足で立とうとした姿が表れています。
一方で、「月が綺麗ですね」のように、記録が見つからないまま漱石の名で広まった言葉もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、「牛のように図々しく進んで行くのが大事です」です。
気になった言葉は、作品や手紙にあたって、前後の文章ごと味わってみてください。