バレーボールの選手や監督が会見やインタビューで残した言葉には、自分のプレーよりも、仲間やチームについて語ったものが多くあります。
個人技だけでなく、連携・継続・逆境を語る発言を、話した日と場面まで添えて読むと、チーム競技ならではの学びが見えてきます。
ボールを3回のタッチでつなぎ、6人で1点を取りにいく競技だからこそ、勝った日の言葉にも負けた日の言葉にも、隣にいる仲間の存在がにじみます。
パリ五輪で敗れたあとの悔しさや、引退会見での振り返りも、前後の文脈を知ると受け取り方が変わります。
この記事のポイント
- 古賀紗理那さんは引退会見で、チームで積み上げたものは消えないと語った
- 石川祐希選手はパリ五輪の「あと1点」の悔しさが今も残っていると話した
- セッターや監督の言葉から、仲間を生かすバレーの考え方が見える
- 「おれについてこい!」は大松博文監督が1963年に出した本の題名
バレーの名言一覧
この記事で紹介する25の言葉を、人物と話した時期・場面つきで一覧にします。
実在の選手・監督の言葉だけを扱い、会見やインタビュー、本人の著書などで確かめられたものに絞っています。
| 言葉 | 人物 | 時期・場面 |
|---|---|---|
| 積み上げてきたものは少しも消えない | 古賀紗理那 | 2024年8月・引退会見 |
| 後悔は全くない | 古賀紗理那 | 2026年8月・熊本での講演 |
| 藤井さんと一緒じゃなかったら、間違いなく今の僕はいないです | 西田有志 | 2023年4月・インタビュー |
| 少しは成長したのかなと思います | 関田誠大 | 2023年10月・パリ五輪予選中 |
| 次はチームにもっと貢献できるところがたくさんある | 関田誠大 | 2023年10月・パリ五輪予選中 |
| “パズルのピース”がかちっと合うように | 眞鍋政義 | 2013年・インタビュー |
| われわれはアマチュアだ。だからファンを大切にする | 松平康隆 | 著書『ミュンヘンの12人』 |
| そのあと1点が、取れていたら、というのはずっと残っています | 石川祐希 | 2024年10月・パリ五輪後のインタビュー |
| 振り返りたくないとかは全然ないです | 石川祐希 | 2024年10月・同じインタビュー |
| 自分に対してはいくらでも厳しくできるけど | 木村沙織 | 2017年3月・引退会見 |
| ずっと変わらずに応援してくれて、本当にありがとうございました | 木村沙織 | 2017年3月・引退会見 |
| とても悲しい体験になりました | フィリップ・ブラン | 2024年11月・パリ五輪後のインタビュー |
| ボールはね、落としたら死ぬ、自分の寿命みたいな存在でした | 大林素子 | 2021年7月・現役時代を振り返ったインタビュー |
| 常に世界を相手に戦おう | 髙橋藍 | 2023年9月・インタビュー |
| 今の日本バレーの強さを、本当に証明できたな | 髙橋藍 | 2023年9月・インタビュー |
| その新しい経験が必ず僕を成長させると確信しています | 石川祐希 | 2026年6月・移籍発表のコメント |
| うまくなりたい一心でやってきて | 荒木絵里香 | 2021年11月・引退後のインタビュー |
| 個人が強くなってチームを強くしていってほしい | 荒木絵里香 | 東京五輪後・後輩への思い |
| これって当たり前のことだから、努力とは違うでしょ | 木村沙織 | 2021年12月公開の記事・努力について |
| 難しいからこそ遣り甲斐がある | 中田久美 | 2017年・監督就任時のインタビュー |
| 私たちは今夜、夢をつかんだ | フィリップ・ブラン | 2023年10月・パリ五輪出場決定 |
| It makes it taste and feel much more special… | カーチ・キライ | 2021年8月・東京五輪で金メダル |
| Talent and hard work are equally important… | 郎平 | 2019年2月・インタビュー |
| As a player all you have to think about… | 郎平 | 2019年2月・インタビュー |
| we are all one family | ジバ | 2019年・FIVBのインタビュー |
長い言葉は一部だけを載せているので、前後の話は各見出しで紹介します。
漫画の名台詞を探している方は、『ハイキュー!!』の名言を巻と場面つきで紹介した記事をご覧ください。
チームの連携を語るバレーの名言
バレーボールは、1人がどれだけ強くても、レシーブとトスがつながらなければ点になりません。
仲間と積み上げてきた時間や、互いを生かす関係を語った言葉から紹介します。
古賀紗理那「積み上げてきたものは少しも消えない」
女子日本代表の主将としてパリ五輪に出場した古賀紗理那さんが、2024年8月16日に東京都内で開いた引退会見で語った言葉です(出典:SPREAD「古賀紗理那 引退会見」)。
チームはメダルという目標に届かず、古賀さんは悔しさを認めたうえで、チームとして戦うために練習してきた時間は消えないと話しました。
同じ会見では、東京五輪のあとにパリで主将をやると決めた時から、パリ五輪で選手を引退すると決めていたことも明かしています。
結果だけで努力の価値を決めないという姿勢は、大会で負けてしまった部活の最後の試合にも重ねて受け取れます。
引退から2年たった2026年8月29日には、熊本市での講演で引退について「後悔は全くない」と語ったと熊本日日新聞が伝えています。
西田有志「藤井さんと一緒じゃなかったら、間違いなく今の僕はいないです」
男子日本代表で活躍してきた西田有志選手が、2023年4月21日公開のNumber Webのインタビューで、セッターの藤井直伸選手について語った言葉です。
18歳で代表に入ったころ、西田選手は藤井選手から速いトスを受けて驚き、すぐにそのトスが好きになったと振り返っています。
スパイクを打つ選手の力は、トスを上げる選手との関係の中で伸びていく、というバレーボールの特徴がよく表れた言葉です。
点を決めた選手だけでなく、その1本をつないだ人を思い出させてくれる言葉として受け取れます。
関田誠大「少しは成長したのかなと思います」
男子日本代表のセッター、関田誠大選手がパリ五輪予選の期間中に語った言葉で、Number Webが2023年10月4日に伝えています。
関田選手は、2016年のリオ五輪予選で代表デビューしたころを「あの頃は本当に自分のことで精一杯だった」と振り返り、そのうえで今の自分について少しは成長したと話しました。
続けて「次はチームにもっと貢献できるところがたくさんある」とも語り、大会での目標を自分の出来ではなくチームへの貢献で表しています。
セッターは、仲間の得点を生み出すことが仕事の中心になる役割です。
自分のことで精一杯だった時期から、チームのために何ができるかを考える段階へ進んだ、という成長の物語として読むことができます。
眞鍋政義「パズルのピース」
2012年のロンドン五輪で女子日本代表を銅メダルに導いた眞鍋政義監督が、2013年11月公開のスポーツナビのインタビューで、チームづくりについて語った言葉です。
眞鍋監督は「“パズルのピース”がかちっと合うように結束力が強まった瞬間、とてつもないパワーを発揮します」と話しています。
一人ひとりの形が違うピースだからこそ、組み合わさったときに大きな絵になる、というたとえとして受け取れます。
同じ記事では、若くして監督を任されたときの重圧を「代え難い経験をさせてもらっている」と考えてはねのけた、とも語っています。
仲間との関わり方に響く言葉は、友達・仲間との向き合い方を語る人間関係の名言でも紹介しています。
松平康隆「われわれはアマチュアだ。だからファンを大切にする」
1972年のミュンヘン五輪で男子日本代表を金メダルに導いた松平康隆監督が、著書『ミュンヘンの12人』(柴田書店)に書いた言葉です(出典:web Sportiva「前代未聞のメディアミックス『ミュンヘンへの道』誕生秘話」)。
松平監督は、プロ野球の選手と比べて、アマチュアの自分たちからファンを取ったら何が残るのか、と続けています。
チームの外にいる応援する人たちも、戦う力の一部だと考えていたことが伝わる言葉です。
コートの6人だけでなく、ベンチやスタンドまで含めてチームと考える見方は、今のバレーボールの応援の熱さにもつながって見えます。
逆境と悔しさから生まれたバレーの名言
バレーボールにはタイムアップがなく、どれだけリードしていても最後の1点を取るまで試合は終わりません。
負けた試合や思うようにいかなかった日を、選手や監督がどう受け止めたかが分かる言葉を紹介します。
石川祐希「そのあと1点が、取れていたら、というのはずっと残っています」
男子日本代表の主将として出場したパリ五輪について、石川祐希選手が大会から1カ月余りたった時期のインタビューで語った言葉です(出典:Number Web「石川祐希がいま明かす“パリ五輪のこと”」)。
2024年8月5日の準々決勝で、日本はイタリアから2セットを先取し、第3セットではマッチポイントを握りましたが、そこから逆転されてフルセットで敗れました。
石川選手は、もちろん悔しいと前置きして「あと1点だったので……」と話し、その1点が取れていたらという思いが今も残っていると明かしています。
一方で、パリ五輪を振り返りたくないのでは、という問いには「振り返りたくないとかは全然ないです」と答えています。
悔しさを消そうとせず、そのまま抱えて次に向かう姿勢が、2つの言葉を並べると見えてきます。
木村沙織「自分に対してはいくらでも厳しくできるけど」
女子日本代表で長く活躍し、主将も務めた木村沙織さんが、2017年3月22日の引退会見で語った言葉です。
主将だった時期を振り返り、自分には厳しくできても、人に厳しくするのはなかなか難しく、できなかったところだった、と話しています。
うまくいったことではなく、できなかったことを自分の言葉で認めているところに、木村さんの誠実さが表れています。
同じ会見でファンへのメッセージを求められると、涙を見せながら「ずっと変わらずに応援してくれて、本当にありがとうございました」と感謝を伝えました(出典:Number Web「木村沙織は天才で、練習の虫だった」)。
キャプテンや部長を任されて、仲間に強く言えずに悩んでいる人には、近い気持ちを持つ人がいたと分かる言葉です。
フィリップ・ブラン「とても悲しい体験になりました」
2017年に男子日本代表のコーチとなり、2021年から監督を務めたフランス出身のフィリップ・ブランさんが、パリ五輪の準々決勝の敗戦について語った言葉です。
2024年11月1日公開のNumber Webのインタビューで、ブランさんは、総得点では相手を上回りながら負けたのは指導者人生で初めてだったと話しています。
ブランさんは、この大会を最後に日本代表の監督を退任しました。
数字の上では互角以上でも勝てなかった試合を、言い訳をせずに悲しい体験と呼んだところに、結果を正面から受け止める姿勢が見えます。
大林素子「ボールはね、落としたら死ぬ、自分の寿命みたいな存在でした」
大林素子さんは、全日本女子のエースとして、ソウル、バルセロナ、アトランタと3度の五輪に出場した選手です。
2021年7月14日公開のNumber Webのインタビューで、現役時代のボールへの思いをこう表しています(出典:Number Web「大林素子54歳が明かす“バレーは生きるか死ぬか”」)。
大林さんは子どものころ、背が高いことを理由に激しいいじめを受け、バレーボールが自分を支えるものになったと振り返っています。
3度の五輪でメダルには届きませんでしたが、1本のボールにそこまでの覚悟で向き合っていたことが、この言葉から伝わります。
ボールを落とさないという基本の動きにも、選手それぞれの重さがあると気づかせてくれる言葉です。
挑戦と成長を続けるバレーの名言
強い国と戦い続けるために、海外のリーグに飛び込んだり、限界まで自分を伸ばそうとしたりした選手の言葉を紹介します。
監督の言葉からは、チーム全体を一段上に引き上げようとする考え方が読み取れます。
髙橋藍「常に世界を相手に戦おう」
2023年のネーションズリーグで男子日本代表が銅メダルを取ったあと、髙橋藍選手がNumber Webのインタビューで、イタリアのリーグに行った理由を語った言葉です(出典:Number Web「高橋藍『もっと強く、頼れるエースに』」)。
髙橋選手は、攻撃力を伸ばすために海外で経験を積み、常に世界を相手に戦おうとイタリアに行ったと話し、代表で成長した姿を見せられたことが自信になったと続けています。
銅メダルを取った瞬間については「今の日本バレーの強さを、本当に証明できたな」という思いがあったと振り返りました。
自分を強くするために環境ごと変える決断が、チームの結果につながった流れが分かる言葉です。
海の向こうに挑戦した日本の選手の言葉は、大谷翔平の名言を出典と場面つきで紹介した記事でも読めます。
石川祐希「その新しい経験が必ず僕を成長させると確信しています」
2026年6月、石川祐希選手が2026/27シーズンからトルコのジラート・バンカスSKでプレーすると発表したときに、クラブを通じて出したコメントの一節です(出典:Number Web「石川祐希なぜトルコ移籍?」)。
長くプレーしたイタリアを離れることについて、石川選手は、トルコリーグでのプレーは初めてで新しい経験しかない、と話しています。
パリ五輪の「あと1点」の悔しさを語った2年後に、さらに知らない環境へ進む決断をしたことを思うと、言葉の重みが増して感じられます。
慣れた場所を離れることを不安ではなく成長の機会ととらえる言葉は、進学や就職、異動を控えた人の背中も押してくれます。
石川選手が子どもの頃からイタリアでの日々、日本代表の主将を務めるまでを自分で書いた本が『頂を目指して』(徳間書店、2024年)です。
\ 主将が自分で綴った歩み /
荒木絵里香「うまくなりたい一心でやってきて」
2012年のロンドン五輪で銅メダルを取り、2021年の東京五輪では女子日本代表の主将を務めた荒木絵里香さんが、引退後のインタビューで語った言葉です。
荒木さんは、うまくなりたい一心で続け、出産後も成長できていると感じていたけれど、もうこれ以上うまくなるのは難しいという自分を素直に認められた、と引退の理由を話しています(出典:web Sportiva「荒木絵里香の引退の真相」)。
同じインタビューでは、東京五輪の最後の試合のあと、後輩たちに「個人が強くなってチームを強くしていってほしい」という思いを伝えたことも明かしています。
個人が伸びることとチームが強くなることを切り離さずに語っているところに、長くチームの中心にいた選手らしさが表れています。
木村沙織「これって当たり前のことだから、努力とは違うでしょ」
木村沙織さんの言葉としては、「努力ってしたことがないんです」という形がよく知られています。
文春オンラインが2021年12月18日に公開した吉井妙子さんの連載記事では、本人の言葉として次のように書かれています(出典:文春オンライン「“エース”木村沙織に眞鍋監督がかけた〈激しい言葉〉の数々」)。
「努力って、やりたくないのに無理にやるとか、歯を食いしばって鍛錬する、というイメージがあるじゃないですか。」
そのうえで、できないことはできるようになるまで練習する、苦手なプレーは得意になるまでやる、それは当たり前のことだから「努力とは違うでしょ」と話しています。
「努力をしたことがない」と聞くと才能だけで勝ってきたように聞こえますが、本人の言葉を読むと、練習を特別なことと思わずに続けていた、という意味だと受け取れます。
取材の時期は記事に書かれていないので、引用するときは「2021年の文春オンラインの記事より」と添えるとたどりやすくなります。
中田久美「難しいからこそ遣り甲斐がある」
2017年春に女子日本代表の監督に就任した中田久美さんが、Number Webが2017年5月11日に公開したインタビューで語った言葉です。
周りから大変だと言われることについて、中田さんは、難しいからこそやりがいがあり、厳しい現実があるからこそ挑戦のしがいもある、と話しています。
同じインタビューでは、金メダルだけを目標にするのではなく、その先の「130%の能力を発揮できるようなチーム作り」をしたいとも語りました。
選手が持っている力を出し切るだけでなく、それ以上を引き出そうとする監督の考え方が伝わります。
フィリップ・ブラン「私たちは今夜、夢をつかんだ」
2023年10月、パリ五輪予選で男子日本代表が出場権を決めた夜に、ブラン監督が語った言葉です。
Number Webが2023年10月8日に伝えた記事では、この言葉のあとに「素晴らしいバレーボールができた」と続けています。
「私は」ではなく「私たちは」と語っているところに、監督と選手が同じ夢を追いかけてきたことが表れています。
逆境の章で紹介したパリ五輪後の言葉と合わせて読むと、夢をつかんだ夜から悔しい敗戦までの1年が見えてきます。
海外のバレーの名選手・監督の名言
海外にも、選手として、監督として世界の頂点に立った人の言葉があります。
英語の原文が確かめられた言葉だけを、私の訳を添えて紹介します。
カーチ・キライ「つらい時期を乗り越えたから特別になる」
アメリカのカーチ・キライ監督は、2021年8月8日、東京五輪の決勝でブラジルを破り、アメリカ女子を金メダルに導いたあとに次のように語りました(出典:Just Women's Sports「Karch Kiraly now second person to win gold as both player and coach」)。
"It makes it taste and feel much more special when you go through the hard times."
つらい時期を乗り越えたからこそ、ずっと特別な味わいになる、という意味です。
キライ監督は選手として出た最初の五輪で金を取っていて、選手時代は届きそうで負ける経験をしなかったと比べながら、監督としての金を語っています。
前回のリオ五輪では銅に終わったチームだったからこそ、この言葉に実感がこもっています。
郎平「才能と努力は同じくらい大事」
中国の郎平さんは、選手として1984年のロサンゼルス五輪で金メダルを取り、監督として2016年のリオ五輪で中国女子を金に導いた人物です(出典:アジアバレーボール連盟「LANG PING: TALENT AND HARD WORK ARE EQUALLY IMPORTANT」)。
2019年2月に公開されたこのインタビューで、郎平さんは選手として成功する条件を次のように話しています。
"Talent and hard work are equally important when it comes to being successful as a player."
選手として成功するには、才能と努力が同じくらい大事だ、という意味です。
同じインタビューでは、選手はコートで最高のプレーをすることだけを考えればよいが、監督は選手や練習、試合、コートの外のことまで考える、と役割の違いも語っています。
自分のプレーに集中する選手と、全体を見る監督がそろって初めてチームになる、という見方として受け取れます。
ジバ「we are all one family」
ブラジルのジバさんは、2004年のアテネ五輪で金メダルと大会MVPを取り、世界選手権でも3度優勝した選手です。
引退後はFIVB(国際バレーボール連盟)の選手委員会で委員長を務め、2019年のFIVB公式サイトのインタビューで、FIVBと選手について次のように語っています。
"The FIVB and the athletes – we are all one family and need to work together."
FIVBと選手はみんな1つの家族で、一緒に取り組む必要がある、という意味です。
コートの上だけでなく、競技を運営する側と選手の関係にもチームの考え方を持ち込んだ言葉として読めます。
ほかのチーム競技の選手・監督の言葉は、日本と海外のサッカーの名言をまとめた記事で紹介しています。
出典に気をつけたいバレーの名言
バレーの名言として広まっている言葉の中には、本の題名や、別の人物の言葉が元になっているものもあります。
引用する前に知っておきたい例を紹介します。
「おれについてこい!」は大松博文監督の本の題名
1964年の東京五輪で女子日本代表を金メダルに導いた大松博文監督の言葉として知られる「おれについてこい!」は、大松監督が1963年に講談社から出した本の題名です(出典:国立国会図書館サーチ『おれについてこい! わたしの勝負根性』)。
本の中でどの場面の言葉として書かれているかまでは確かめられていないので、引用するときは「大松監督の著書の題名」として紹介すると正確です。
「なせば成る」は上杉鷹山の歌が元
「なせば成る」も大松監督の言葉として紹介されることがありますが、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の歌の初句として知られる言葉です。
大松監督は1964年に、この言葉を題名にした『なせば成る! 続・おれについてこい』を講談社から出しています。
大松監督が自分で作った言葉ではなく、昔からある言葉を指導の柱にした、と考えるのが事実に沿った紹介です。
「常識の延長線上に勝利はない」は話した人に注意
「常識の延長線上に勝利はない」は、中田久美さんの言葉として名言まとめに載っていることがありますが、いつどこで話したかは示されていません。
近い考え方としては、ミュンヘン五輪の金メダル監督・松平康隆さんが、常識を何倍にしてもその先には常識しかない、という趣旨の助言を眞鍋政義さんに送ったことが紹介されています(出典:PRESIDENT Online「『金メダルは、非常識の延長線上にしかない』-松平康隆」)。
似た言い回しが複数の人物の言葉として広まっているので、引用するときは話した人と媒体を確かめてから使ってください。
作者が分からない「バレーの名言」
ネット上には、ボールをつなぐことや仲間を信じることを語る「バレーの名言」が、発言者の名前なしで多く出回っています。
いつ、どこで、誰が話したかが分からない言葉は、実在の選手の名前を付けて紹介しないほうが安心です。
選手の言葉として使いたいときは、会見やインタビューの記事で、話した日と場面を確かめてから使ってください。
場面別に選ぶバレーの名言
部活の寄せ書きや試合前の声かけで使う言葉を選ぶときは、言葉が生まれた場面と、使う場面を近づけると気持ちが伝わりやすくなります。
この記事で紹介した言葉を、使う場面ごとに分けると次のとおりです。
- 最後の大会を終えた仲間へ:古賀紗理那さん「積み上げてきたものは少しも消えない」
- 試合に負けて落ち込んでいるとき:石川祐希選手「振り返りたくないとかは全然ないです」
- セッターやリベロなど支える役割の人へ:西田有志選手「藤井さんと一緒じゃなかったら、間違いなく今の僕はいないです」
- 新しいチームや進学先へ向かうとき:石川祐希選手「その新しい経験が必ず僕を成長させると確信しています」
- キャプテンを任されて悩んでいる人へ:木村沙織さん「自分に対してはいくらでも厳しくできるけど」
寄せ書きに書くときは、人物名と一緒に添えると、どんな場面の言葉かを相手が調べやすくなります。
バレーの名言に関するよくある質問
バレーボール選手の名言で有名なものは?
古賀紗理那さんが引退会見で語った「積み上げてきたものは少しも消えない」や、石川祐希選手がパリ五輪の悔しさを語った「あと1点だったので……」がよく知られています。
「おれについてこい!」は誰の言葉?
1964年の東京五輪で女子日本代表を率いた大松博文監督の言葉として知られ、1963年に出した本の題名になっています。
バレーの名言を英語で知りたいときは?
東京五輪でアメリカ女子を金に導いたカーチ・キライ監督の言葉や、中国の郎平さんの言葉など、海外の選手・監督の原文があります。
『ハイキュー!!』の台詞もバレーの名言に入る?
漫画の台詞もバレーの名言として人気ですが、この記事では実在の選手・監督の言葉だけを扱っています。
部活の寄せ書きに使うなら、どんな言葉がいい?
短くて前向きな言葉が使いやすく、言葉の前後の場面を知ったうえで、相手の状況に近いものを選ぶと気持ちが伝わります。
バレーの名言のまとめ
バレーボールの選手や監督の名言は、個人のすごさよりも、仲間とのつながりや、負けた日の受け止め方を語るものが多くあります。
話した日と場面まで知ると、同じ言葉でも、チーム競技ならではの重みが伝わってきます。
持ち帰りたい言葉を1つ選ぶなら、古賀紗理那さんの「積み上げてきたものは少しも消えない」です。
結果が思いどおりでなかった日にも、仲間と過ごした時間の価値は残る、と思い出させてくれます。