著名人の名言

ペレの名言集|努力とサッカーを語る言葉を出典・背景付きで紹介

当ページのリンクには広告が含まれています。また、構成・執筆の一部に生成AIを活用し、内容は筆者が確認・編集したうえで公開しています。

芝生の上の古い革のボールと「ペレの名言」の題字を置いたバナー

「Pensem nas criancinhas(子どもたちのことを考えて)」

1969年11月19日、ブラジルのマラカナン・スタジアムで通算1000ゴール目を決めた直後に、ペレが記者や写真家に囲まれながら口にした言葉です。

ネットで定番になっている英語のペレの名言は、いつどこで語ったのかがわからないものが多く、本人の考え方は、場面がはっきりした言葉から読むほうが正確に伝わります。

1000ゴール目や引退試合のスピーチ、晩年のSNSの投稿には日付と場所のそろった記録が残っていて、そこには「子ども」と「愛」というテーマがくり返し出てきます。

この記事のポイント

  • 1000ゴール目の直後に語ったのは、貧しい子どもたちへの言葉
  • 1977年の引退試合では観客と一緒に「Love」を3回くり返した
  • 「美しいゲーム」はペレの自伝の題名で広まった言葉
  • 「Success is no accident」などの定番の英語の名言は出典が確認できない

ペレの名言一覧

この記事で紹介する、いつ・どこで語ったかを確かめられる言葉を一覧にします。

言葉(日本語訳)時期場面
子どもたちのことを考えて1969年11月通算1000ゴール目の直後
愛こそ、人生から受け取れるいちばん大切なもの1977年10月引退試合の前のスピーチ
滝を登る鮭のよう時期は不明1970年W杯でバンクスに止められたヘディングについて
いつか空の上で一緒にボールを蹴れたら2020年11月マラドーナの死去を受けた投稿
心が愛であふれていると、道を変えるのは難しい2020年12月メッシがサントス時代の記録に並んだときの投稿
強く、大きな希望を持っている2022年12月入院中のInstagramの投稿

日本語訳はこの記事での訳で、ポルトガル語や英語の原文はそれぞれの節で紹介します。

「Success is no accident」のように出典が見つからない言葉は、一覧には入れず、後半の節でまとめて扱います。

ペレとは

ペレ(本名エドソン・アランテス・ド・ナシメント)は、1940年10月23日にブラジル・ミナスジェライス州の小さな町トレス・コラソンエスで生まれたサッカー選手です。

AP通信の訃報によると、子どものころは靴みがきをして、サッカーの道具を買うお金をかせいでいました。

1956年にサントスでデビューし、1958年のスウェーデン大会では17歳でワールドカップに出場して、決勝のスウェーデン戦(5対2)で2得点を挙げ、ブラジルの初優勝に貢献しました。

1962年のチリ大会はけがで1試合の出場にとどまりましたが、1970年のメキシコ大会で3度目の優勝を果たし、ワールドカップを3回制した選手は今もペレただ一人です(出典:FIFA「FIFA President pays tribute to Pelé one year on from his passing」)。

1975年にはアメリカのニューヨーク・コスモスに加わり、1977年にリーグ優勝を経験したあと、同じ年に現役を退いています。

通算ゴール数は数え方で大きく変わり、リーグ戦だけなら650、格下との試合も含めたすべての試合では1,281とされ、ブラジル代表では114試合で95得点(公式戦では77得点)を記録しました(出典:TSN(AP通信)「Pelé, Brazil's mighty king of 'beautiful game,' has died」)。

2021年から大腸がんの治療を続けていたペレは、2022年12月29日にサンパウロで82歳で亡くなりました。

ペレと同じ時代やその後に活躍した選手・監督の言葉は、日本と海外のサッカー選手・監督の名言を背景つきで紹介した記事で読むことができます。

9歳のペレが父に約束したワールドカップ優勝

ペレがワールドカップを目指した原点として本人が語ってきたのが、1950年の大会で父が泣いた日の出来事です。

1950年のワールドカップでは、地元ブラジルが最終戦でウルグアイに1対2で敗れ、優勝を逃しました。

当時9歳だったペレは、テレビのない時代に仲間と家で試合を聞いていた父のドンジーニョが泣く姿を、生まれて初めて見たと振り返っています。

男は泣かないものだと教えられてきたので、なぜ父が泣いているのかわからなかった、とも話しています。

2017年にロシアのRTのインタビューに答えたペレは、そのとき父に「泣かないで、お父さんのためにぼくがワールドカップで優勝するから」と声をかけたと語りました(出典:The Daily Star「'I promised my dad I'd win the World Cup'」)。

名言集では、悲しまないで、いつか僕がブラジルをワールドカップで優勝させてあげるから、という形で紹介されることもあり、言い回しは語った時期や訳によって違います。

8年後の1958年、17歳のペレはスウェーデン大会でブラジルの初優勝に貢献し、この約束を果たしました。

記録や勝利より先に家族への約束があったところに、のちに「子どもたち」や「愛」を語るペレの原点が見えると受け取れます。

1000ゴール目に語った「子どもたちのこと」

ペレの言葉の中で、日付・場所・その場の様子まで記録が残っているのが、通算1000ゴール目を決めた夜の言葉です。

マラカナンで決めた通算1000ゴール目

1969年11月19日、リオデジャネイロのマラカナンで行われたロベルト・ゴメス・ペドロサ杯のヴァスコ・ダ・ガマ対サントスで、ペレは通算1000ゴール目を決めました(出典:Jornal de Brasília「Pelé comemora 50 anos de seu histórico milésimo gol na carreira」)。

後半34分、クロドアルドのパスに抜け出したペレがペナルティエリアで倒され、主審はPKを宣告しました。

ヴァスコの選手たちの抗議でキックまで時間がかかりましたが、ペレはゆっくり助走して右足で蹴り、相手のアンドラーダ選手は方向を読みながらも止められませんでした。

このときペレは29歳で、マラカナンに集まった65,157人の観客は、アウェーのチームのゴールを一緒になって祝ったと伝えられています。

試合はサントスが2対1で逆転勝ちし、1000ゴール目は勝利を決める1点にもなりました。

「子どもたちのことを考えて」に込めた思い

ゴールのあと、ペレはボールに口づけし、ピッチになだれ込んだ記者や写真家に囲まれる中で、次のように話しました。

「Pensem no Natal. Pensem nas criancinhas.」(クリスマスのことを考えて、子どもたちのことを考えて)

続けて、古着や一皿の食事を必要としている貧しい子どもたちを助けてほしい、と訴えています。

「自分のための祝いはいらない」という一言から始まる形で報じている記事もあり、言い回しは媒体によって少しずつ違います。

ペレは後年、雑誌『Veja』のインタビューで、この言葉の数日前にサントスの街で車を盗もうとしている少年たちを見かけ、注意しても怖がりもしなかったことがきっかけだったと明かしました(出典:IstoÉ「Histórico gol 1.000 de Pelé completa 50 anos」)。

同じインタビューでは、VARがあったらPKにはならなかっただろう、と冗談まじりに話しています。

記録がかかった瞬間に、自分の偉業ではなく子どもたちの暮らしを話題にしたところに、ペレが何を大事にしていたかが表れていると受け取れます。

引退試合で観客と叫んだ「Love」

1000ゴール目の「子どもたち」とつながるのが、現役最後の試合で観客に語りかけたスピーチです。

ジャイアンツ・スタジアムでのスピーチ

1977年10月1日、アメリカ・ニュージャージー州のジャイアンツ・スタジアムで、ニューヨーク・コスモス対サントスの引退試合が行われました。

ペレは前半をコスモス、後半を古巣のサントスでプレーし、大雨の中でも75,646人の観客が集まりました。

試合の前、ペレはマイクの前に立ち、世界中の子どもたちにもっと目を向けてほしいと呼びかけたうえで、次のように語っています(出典:HISTORY「Soccer star Pelé plays farewell game」)。

「love is the most important thing we can take from life」(愛こそ、人生から受け取れるいちばん大切なもの)

ほかのものはすべて過ぎ去っていくから、と続けたペレは、観客に「Love!」と3回一緒に言ってほしいと求め、スタジアム中が声をそろえました。

AP通信の訃報では観客を約77,000人としていて、人数は資料によって少し違います。

ハーフタイムには、コスモスの背番号10のユニフォームを元サッカー選手の父ドンジーニョに贈り、コスモスはこの番号を永久欠番にすると発表しました。

公式アカウントが最後に記した「愛」

2022年12月29日、ペレが亡くなった日に、ペレの公式アカウントでペレのチームによる発表が出されました。

発表は、ペレが「すべての問題を治すもの」と信じていた愛を広めたと振り返り、「Amor, amor e amor, para sempre」(愛、愛、そして愛を、永遠に)と結ばれています(出典:Gazeta Esportiva「Perfis de Pelé nas redes sociais lamentam morte do Rei」)。

引退試合で3回くり返した「Love」を受けた言葉と読めますが、これはペレ本人ではなくチームが書いた文章なので、ペレの名言として引用するときは区別しておくと正確です。

1970年W杯と「美しいゲーム」

ペレが3度目の優勝を果たした1970年のメキシコ大会には、ペレ自身の言葉とあわせて語られる場面と呼び名があります。

バンクスのセーブを「滝を登る鮭」と表現

1970年大会のイングランド戦で、ペレはゴールを確信させるヘディングを放ちましたが、イングランドのゴールキーパー、ゴードン・バンクスが信じられない動きでボールをバーの上にはじき出しました。

ペレはこのセーブを「salmon climbing up a waterfall」(滝を登る鮭)のようだったとたとえ、AP通信の訃報でも、ワールドカップ史上でも指折りのセーブとして紹介されています。

ただし、ペレがこの表現を最初にいつ、どこで使ったのかまでは、訃報には書かれていません。

ゴールを止められた側が相手の美技を生き物にたとえてたたえるところに、勝ち負けをこえてサッカーそのものを楽しむペレの姿勢が見えると受け取れます。

ペレはこの大会の決勝のイタリア戦で先制ゴールを決め、これがワールドカップでの最後の試合になりました。

「美しいゲーム」はペレが広めた言葉

サッカーを「the beautiful game(美しいゲーム)」と呼ぶ言い方は、ペレの言葉として紹介されることがよくあります。

英国のサッカー誌『When Saturday Comes』によると、オックスフォード英語辞典で最も古い用例として載っているのは、ペレの1977年の自伝『My Life and the Beautiful Game』の書名で、この言い方を広めたのはペレだとされています(出典:When Saturday Comes「The beautiful game: Pelé, Didi and the origins of football's most tiresome cliche」)。

一方で、言葉そのものを作ったのはペレではないことも、同じ記事で説明されています。

同じ記事によると、サッカーと「美しいゲーム」を結びつけた例には、次のようなものがあります。

  • 1913年、英国の記者ジミー・キャットンが記事で使った例
  • 1952年、作家H.E.ベイツがサンデー・タイムズ紙のエッセイでサッカー全体をそう呼んだ例
  • ポルトガル語の「jogo bonito」を作ったとされる、ブラジル代表の同僚ジジの言葉

ペレはジジの言葉を取り入れたとみられていて、「ペレが名付けた」と言い切るより、「ペレが世界に広めた」と紹介するほうが正確です。

晩年にSNSで語った言葉

晩年のペレは、本人のSNSを通して、仲間やライバルへの思いを言葉にしていました。

マラドーナへ「いつか空の上で一緒に」

2020年11月25日、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナが亡くなると、ペレは自分のTwitter(現在のX)に、大切な友人を失い、世界は伝説を失った、と投稿しました。

そのあとに続けたのが、次の一文です(出典:Sports Illustrated「Pelé, Messi, Ronaldo Among Stars Mourning Maradona's Death」)。

「Um dia, eu espero que possamos jogar bola juntos no céu.」(いつか、空の上で一緒にボールを蹴れたらと願っている)

どちらが史上最高の選手かと長く比べられてきた2人ですが、最後に選んだのは、同じピッチに立つ仲間としての言葉でした。

メッシへ贈った「同じクラブを愛する物語」

2020年12月19日、リオネル・メッシがバレンシア戦でバルセロナでの643ゴール目を決め、ペレがサントスで残した1クラブでの得点記録に並びました。

ペレはInstagramで、次のように祝福しています(出典:The Peninsula(ロイター通信)「Pele congratulates Messi for equalling goal record」)。

「When your heart overflows with love, it is difficult to change your path.」(心が愛であふれていると、道を変えるのは難しい)

さらに、自分たちのように同じクラブを長く愛する物語は、残念ながらこれからますます少なくなるだろうと書き、「I admire you very much.」(あなたを心から尊敬している)と締めくくりました。

記録を抜かれる側でありながら、数字よりもひとつのクラブを愛し続けたことをたたえているところに、ペレらしさが表れていると受け取れます。

入院中に投稿した「強く、希望を持っている」

2022年12月、サンパウロの病院で大腸がんの治療を受けていたペレについて、ブラジルのメディアが緩和ケアに移ったと報じると、本人のInstagramに短いメッセージが投稿されました。

友人たちに落ち着いて前向きでいてほしいと呼びかけ、「I'm strong, with a lot of hope」(私は強く、大きな希望を持っている)と、いつもどおり治療を続けていることを伝えています(出典:Inside World Football「Hospitalised Pélé thanks well wishers」)。

英語の文は報道で紹介された表記で、ポルトガル語の原文は確認できていません。

ペレの名言として広まっているが出典が確認できない言葉

ペレの名言として紹介される言葉の中には、いつどこで語ったのかを示した記録が見つからないものがあります。

「Success is no accident」

努力の名言として最もよく見かけるのが、成功は偶然ではなく、努力や忍耐、学び、犠牲、そして何より自分がしていることへの愛だ、という趣旨の英語の言葉です。

日本語・英語の名言サイトや追悼の記事に数多く載っていますが、どのインタビューや著書で語った言葉かを示したものは見つかりませんでした。

「Success is not an accident」のように、言い回しにも揺れがあります。

努力の先に「愛」を置く内容は、確かめられるペレの言葉と響き合うところがありますが、本人の言葉として断定はできないため、引用するなら「ペレの言葉として知られる」と添えておくと安心です。

そのほかの出典が見つからない英語の言葉

ほかにも、ペレの言葉として広く紹介されていながら、本人の著作や記録で確認できない言葉として、次のようなものがあります。

  • The more difficult the victory, the greater the happiness in winning.
  • Everything is practice.
  • A penalty is a cowardly way to score.

1つ目は海外の書籍サイトで自伝からの引用として載っていますが、ページや原文の記載はなく、本文で確かめることはできませんでした。

2つ目の「練習がすべて」は、古代ギリシャのペリアンドロスの言葉として伝わる「Practice is everything」とよく似ていて、別の人物の言葉と混ざっている可能性もあります。

3つ目はPKを「臆病なゴールの決め方」とする言葉ですが、通算1000ゴール目がPKだったことを考えると、出典がないまま本人の考えとして紹介するのは避けたほうがよさそうです。

日本語の名言集でよく見る「ペレを目指すより、最高の自分を目指せ」という言葉も、元になった英語やポルトガル語の原文や、語った場面を示した資料は見つかりませんでした。

『ブルーロック』第1話で紹介されるペレの言葉

「ペレ 名言 ブルーロック」で探されるのが、サッカー漫画『ブルーロック』の第1話で、指導者の絵心甚八が紹介するペレの言葉です。

アニメの第1話で絵心は、エリック・カントナやペレといった実在のフォワードの言葉を引きながら、「ストライカーはエゴイストでなければならない」という作品の考え方を示しています(出典:ABEMA TIMES「アニメ『ブルーロック』絵心甚八の身長や年齢、声優は?」)。

ただし、作中で紹介されるペレの言葉と同じ発言は、ペレのインタビューや自伝では確認できませんでした。

作品のテーマを伝えるための紹介として読み、ペレ本人の名言として引用するのは避けるのが安全です。

作中のセリフを場面ごとに読みたい方は、ブルーロックの名言を巻・話数と場面で紹介した記事もあわせて読んでみてください。

ペレの言葉を引用する前に確かめたいこと

スピーチや寄せ書きでペレの言葉を使うなら、次の順に確かめておくと、言葉の重みがそのまま伝わります。

  1. いつ、どこで語った言葉か(試合、スピーチ、インタビュー、SNS)がわかるか
  2. ポルトガル語や英語の原文がわかるか
  3. ペレ本人の言葉か、チームの発表や作品の中の紹介か

1000ゴール目の言葉のように、同じ場面でも媒体によって言い回しが違うことがあるので、原文と日本語訳を一緒に確かめるのがおすすめです。

貧しかった子ども時代から名勝負、メディアとの付き合いまでをペレ自身の語りで読みたいなら、伊達淳さんが訳した『ペレ自伝』(白水社)があります。

白水社
¥3,478 (2026/10/14 12:43時点 | Amazon調べ)

ペレの名言に関するよくある質問

ペレの一番有名な名言は?

日本では「Success is no accident」で始まる努力の言葉が多く紹介されていますが、出典は確認できません。

ペレが「サッカーの王様」と呼ばれるのはなぜ?

ワールドカップを3回制した唯一の選手で、ブラジルではポルトガル語で「O Rei(王様)」と呼ばれてきたためです。

ペレの言葉を日本語の本で読むことはできる?

2008年に白水社から出た『ペレ自伝』(伊達淳訳)で、生い立ちや名勝負を本人の語りで読むことができます。

ブルーロックに出てくるペレの名言は本物?

作中で絵心甚八が紹介する言葉で、ペレ本人の発言としては確認できていません。

ペレの言葉を座右の銘にするならどれがいい?

場面がはっきりしていて原文もわかる、引退試合の「love is the most important thing」が使いやすい言葉です。

ペレの名言のまとめ

ペレの名言は、ネットで定番の英語の言葉ほど出典が見つからず、1000ゴール目や引退試合など場面のはっきりした言葉のほうに、本人の考え方がよく表れています。

記録の瞬間に子どもたちの話をし、最後の試合で観客と「Love」を叫んだペレの言葉には、勝つこと以上にサッカーと人を愛する姿勢が通っています。

持ち帰りたい一言を選ぶなら、「Pensem nas criancinhas(子どもたちのことを考えて)」です。

定番の名言を引用するときは、ペレの言葉として知られている、と添えて使ってみてください。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

Kotonoha

名言好きの個人ブロガーです。 研究者ではありませんが、ひとつの言葉について「誰が」「いつ」「どの場面で」語ったのかを確かめてから記事にしています。出典をたどれない言葉は、どれだけ有名でも「確認できない」と書きます。 アニメのセリフから偉人の言葉まで、背景ごと味わえる形でお届けします。

-著名人の名言