ネイマールの言葉は、同じ発言でも、伝えた媒体によって日本語の言い回しが少しずつ違います。
会見やインタビュー、本人のSNSのように発言元を確かめられる言葉を時期の順に読むと、挑戦と再起をくり返してきたネイマールの考え方が正確に見えてきます。
一方で、ネットで名言として出回る言葉には、広告のナレーションや別の人物の言葉が混ざっているものもあります。
この記事のポイント
- 2017年のPSG移籍では「アスリートには挑戦が必要」とつづった
- 2023年にペレの記録を抜いた日も、自分のほうが上という意味ではないと話した
- 2026年W杯の敗退後には「ここで始まり、ここで終わった」と語った
- ジレットのCMの言葉は、本人の発言ではなく広告のナレーション
ネイマールの名言一覧
この記事で紹介する言葉を、話した時期と場面つきで、古い順に並べます。
| 言葉 | 時期 | 場面 |
|---|---|---|
| 今もまだ多くの選手から学んでいるところなんだ | 2011年12月 | メッシと比べられて |
| それを気にしていたら何もできない | 2013年2月 | 地元W杯を前にプレッシャーについて |
| メッシは僕にとって素晴らしいお手本だ | 2013年10月 | バルセロナでメッシと同じチームに |
| 想像していたよりもずっといいデビュー戦だった | 2014年6月 | W杯の開幕戦で2得点 |
| My dream is not over yet. | 2014年7月 | W杯で背骨を骨折したあとの動画 |
| 1%の可能性がある限り、99%の信念を持つ | 2017年2月 | PSGに0対4で敗れた翌日の投稿 |
| アスリートには挑戦が必要なんだ | 2017年8月 | バルセロナへの別れの投稿 |
| I was never motivated by money | 2017年8月 | PSGの入団会見 |
| I never thought I would reach this record. | 2023年9月 | ペレの代表得点記録を抜いて |
| It’s a very sad moment, the worst. | 2023年10月 | ひざの大けがのあとの投稿 |
| here is a warrior who will not stop | 2024年 | リハビリ中の投稿 |
| Parece até que estou voltando no tempo. | 2025年1月 | サントス復帰の動画 |
| Santos is my place. | 2026年1月 | サントスとの契約延長 |
| ここで始まり、ここで終わった | 2026年7月 | W杯でノルウェーに敗れて |
| 代表チームでの僕の時間はもう終わったと思う | 2026年7月 | ブラジル代表からの引退表明 |
英語の言葉は、ポルトガル語で話した内容を海外の報道機関が英語で伝えたもので、意味は各見出しの中で説明します。
ネイマールとは
ネイマールの経歴と、2026年10月時点の所属を短く整理します。
ネイマール(ネイマール・ダ・シウヴァ・サントス・ジュニオール)は、1992年2月5日にブラジル・サンパウロ州のモジ・ダス・クルーゼスで生まれたサッカー選手です。
サントスで17歳のときにトップチームにデビューし、2013年にバルセロナへ移って、196試合114得点、2014-15シーズンのチャンピオンズリーグ優勝など12のタイトルを手にしました(出典:FCバルセロナ公式「Neymar Da Silva」)。
2017年からはフランスのパリ・サンジェルマン、2023年からはサウジアラビアのアル・ヒラルでプレーし、2025年1月に古巣のサントスへ戻りました。
ブラジル代表では2010年8月にデビューし、2014年から2026年まで4大会のW杯に出場しています。
2026年のW杯を最後に代表からは退きましたが、2026年10月時点でもサントスの選手としてプレーしていて、クラブとの契約は2026年末までです。
若いころにメッシとプレッシャーを語った言葉
サントスで頭角を現し、「ペレの後継者」と呼ばれていたころの言葉には、比べられることや期待の重さへの向き合い方が表れています。
「今もまだ多くの選手から学んでいるところなんだ」
Number 793号(2011年12月)に載った言葉で、当時19歳のネイマールは、メッシと比べられることについて語っています。
メッシは年上でバロンドールに2度選ばれていると認めたうえで、比べられるのはうれしいけれど、メッシに限らず今もまだ多くの選手から学んでいるところだ、と続けました。
同じ月の2011年12月18日、横浜で行われたクラブW杯の決勝で、サントスはメッシのいるバルセロナに0対4で敗れています。
比べられる立場になっても、自分はまだ学ぶ側だと話すところに、若いころの謙虚さが読み取れます。
「それを気にしていたら何もできない」
Number 823号(2013年2月)に載った、地元ブラジルで開かれるW杯の約1年半前の言葉です。
「プレッシャーは、もちろん感じる。正直言って、ちょっときついよ。でも、それを気にしていたら何もできない。」
同じ記事では、17歳でクラブの、18歳で代表の重い役目を任されてきたので、プレッシャーには慣れていると強気に話したことも紹介されています(出典:Number Web「ネイマールの名言」)。
重圧を感じていないふりをせず、感じたうえで気にしすぎないと決める考え方は、試験や大事な発表を前にした人にも重ねやすい言葉です。
父のネイマール・ダ・シウヴァ・サントスも元サッカー選手で、現役を退いたあとは息子のサッカーを支えてきました。
プロになるまでの日々や父の教えは、本人と父が想いを交互に書きつづった『ネイマール 父の教え、僕の生きかた』(徳間書店、2014年)で、二人の言葉のまま読めます。
\ 父と子の言葉で歩みをたどる /
「メッシは僕にとって素晴らしいお手本だ」
2013年にバルセロナへ移り、メッシと同じチームになった年のNumber 840号(2013年10月)に載った言葉です。
バルセロナでメッシを支えて多くのタイトルを取りたいと話す一方で、ブラジル代表としてアルゼンチンと戦うときは手加減してほしい、と冗談も添えています。
チームメイトとしての敬意と、代表ではライバルという関係の両方が、ひとつの言葉に入っています。
メッシ本人が努力や代表について語った言葉は、メッシの名言を出典と背景つきで紹介した記事で読めます。
地元開催の2014年W杯で語った言葉
2014年のブラジルW杯は、ネイマールにとって初めてのW杯で、喜びと大けがの両方を経験した大会です。
「想像していたよりもずっといいデビュー戦だった」
2014年6月12日の開幕戦で、ブラジルはクロアチアに3対1で勝ち、ネイマールは2得点を挙げました。
試合後に、自分の2得点で勝てたのは想像していたよりもずっといいデビュー戦だった、と喜んだ言葉が、Numberの2014年6月の臨時増刊号に記録されています。
開幕前に重圧を認めていた選手が、最初の試合で結果を出し、うれしさを素直に口にしている様子が伝わります。
My dream is not over yet.
2014年7月4日の準々決勝コロンビア戦で、ネイマールは終盤に相手のひざを背中に受けて背骨を骨折し、大会の残りの試合に出られなくなりました。
翌5日、ブラジルサッカー連盟(CBF)は、代表キャンプを離れる直前に本人が撮った動画を公開しています。
AP通信の英語訳では、この動画で語った言葉は「My dream is not over yet.」で、僕の夢はまだ終わっていない、という意味です(出典:Fox News(AP通信)「Neymar: Injury Does Not Dash Dream Of Holding World Cup Trophy At The End」)。
夢はひとつのプレーで中断されたけれど、これからも続く、できるだけ早く戻ってくる、とも話しました。
AP通信の英語訳では「It was interrupted by one move, but it will continue」の部分で、日本語の名言まとめに「中断はしたけど、夢は続くんだ」として載っている言葉と内容が重なります。
悔しさを隠さずに、夢そのものは手放さないという姿勢は、のちの2023年の大けがのあとの言葉にも重なります。
大逆転と移籍の2017年に語った言葉
2017年のネイマールは、バルセロナでの歴史に残る逆転勝ちと、当時の史上最高額とされる移籍金でのパリ・サンジェルマン(PSG)への移籍を、同じ年に経験しました。
「1%の可能性がある限り、99%の信念を持つ」
2017年2月14日、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦の第1戦で、バルセロナはパリでPSGに0対4で敗れました。
試合後の取材で、ネイマールは逆転を「ほぼ不可能」とも話していました(出典:LANCE!「Dá para virar? Neymar fala em feito 'praticamente impossível'」)。
ところが翌15日、本人はInstagramに練習中の写真とともに、ポルトガル語で「Enquanto houver 1% de chance, teremos 99% de fé」と投稿しています(出典:Gazeta Esportiva「Neymar posta foto e demonstra otimismo após goleada em Paris」)。
1%でも可能性が残っている限り、99%の信念を持ち続ける、という意味の言葉です。
日本語の名言まとめでは「1%の可能性、99%の信念」という短い形で紹介されることがありますが、元の投稿は「可能性がある限り」と条件をつけた言い方です。
3月8日、本拠地カンプ・ノウでの第2戦でバルセロナは6対1で勝ち、2試合合計6対5で勝ち上がりました。
ネイマールはこの試合でフリーキックを決め、6点目のゴールもアシストしています(出典:Goal「Neymar saw his one percent chance and took it」)。
大差で負けた翌日でも、残っている可能性のほうを見ようとした言葉として受け取れます。
「アスリートには挑戦が必要なんだ」
PSGへの移籍が正式に決まった2017年8月3日、ネイマールは自分のInstagramに、バルセロナへの別れのメッセージを投稿しました。
バルセロナで一生忘れられない時間を過ごしたと感謝を伝えたうえで、「だけど、アスリートには挑戦が必要なんだ」と書いています(出典:Goal日本版「ネイマール、バルセロナへ別れの言葉」)。
当時25歳だった本人は、この移籍を自分で決めたことだと説明し、ファンに理解を求めました。
居心地のよい場所に残るより、新しい環境で自分を試すことを選んだ理由が、短い一文にまとまっています。
I was never motivated by money
翌8月4日、PSGの選手として初めて臨んだ記者会見で、ネイマールは移籍の理由を、新しい挑戦を見つけたかったからだと説明しました。
イギリスのスポーツメディアが伝えた英語の言葉では、「I was never motivated by money」と、お金が動機になったことは一度もないとも話しています。
もしお金を追っていたら別の国の別のチームでプレーしていた、とも話していて、高額の移籍への批判に正面から答えた場面です。
受け取り方は人それぞれですが、本人が移籍の理由として挙げたのは、Instagramの投稿でも会見でも挑戦という言葉でした。
ペレの記録と大けがのあとの言葉
2023年は、代表での大きな記録と、長いリハビリが続く大けがが、同じ年に訪れました。
I never thought I would reach this record.
2023年9月8日、ブラジル北部のベレンで行われたW杯南米予選のボリビア戦(5対1)で、ネイマールは2得点を挙げて代表通算79得点としました。
これで、FIFAが数える代表戦の得点でペレの77得点を抜き、ブラジル代表の歴代最多になりました。
試合後、CBFの会長から記念の盾を受け取ったあとに、「I never thought I would reach this record.」(この記録に届くとは思っていなかった)と話しています(出典:Al Jazeera「'I have no words': Neymar breaks Pele's Brazil goal-scoring record」)。
続けて、この記録は自分がペレや代表のほかの選手より上だという意味ではない、とも語りました。
CBFはクラブとの親善試合も含めてペレの代表得点を95としているため、この記録を引用するときは「FIFAの数え方で」と添えると正確です。
ペレ自身が残した言葉は、ペレの名言を出典と背景つきで紹介した記事にまとめています。
It's a very sad moment, the worst.
約1か月後の2023年10月17日、ウルグアイのモンテビデオで行われたW杯南米予選(0対2)で、ネイマールは左ひざの前十字じん帯と半月板を傷めました。
翌18日のInstagramへの投稿は、英語で伝えた報道では「It's a very sad moment, the worst.」(とても悲しい、最悪の瞬間だ)と始まっています。
自分が強いことは分かっているが、今回は家族や友人の支えがいつも以上に必要になる、ともつづりました。
前のけがから4か月かけて回復したあとで、またすべてをやり直すことを想像してみてほしい、とも書いていて、けがが続くつらさを隠していません。
here is a warrior who will not stop
リハビリが続いていた2024年にも、ネイマールはInstagramで心の内を率直に書いています。
2024年8月1日のCBS Sportsの記事によると、けがのあとはつらい日もあり、あきらめたくなる日もある、とつづったうえで、欲しいものを手にするまで止まらない戦士がここにいる、と書きました。
後半の強い言葉だけを切り取ると勢いのある宣言に見えますが、前半で弱音をそのまま認めているところまで読むと、印象が変わります。
落ち込む日があることを認めたうえで前を向く書き方は、長いリハビリや受験勉強の途中にいる人にも重ねやすい言葉です。
サントスに戻ってから語った言葉
2025年1月、ネイマールは12年ぶりに、プロとして育ったサントスへ戻りました。
Parece até que estou voltando no tempo.
2025年1月30日、本人がSNSに投稿した復帰の動画で語ったポルトガル語の言葉で、まるで時間をさかのぼっているみたいだ、という意味です(出典:Goal Brasil「Estou voltando no tempo」)。
同じ動画では、クラブとサポーターへの思いは一度も変わっていないこと、人生でいちばん好きなサッカーをしているときこそ幸せだということも話しています。
移籍をくり返してきた選手が、原点のクラブに戻って語ったのは、記録や勝利ではなく、サッカーそのものが好きだという気持ちでした。
Santos is my place.
2026年1月6日、サントスとの契約を2026年末まで延ばしたことを、ネイマールはクラブのSNSで自分から伝えました。
ESPNが伝えた英語の言葉では「Santos is my place.」と始まり、ここが自分の家で、安心して幸せでいられる、と続いています。
2025年は特別で、挑戦の多い一年だったと振り返り、残りの夢はサポーターと一緒にかなえたい、とも話しました。
けがと移籍の多かった時期を経て、自分の居場所をはっきり言葉にしたところに、この言葉の重みがあります。
2026年W杯と代表の終わりに語った言葉
4度目のW杯となった2026年大会は、ネイマールにとって代表での最後の大会になりました。
「ここで始まり、ここで終わった」
大会前のけがで出遅れたネイマールは、この大会では2試合、合わせて37分の出場にとどまりました。
2026年7月5日、ニューヨーク・ニュージャージー競技場で行われたラウンド16(決勝トーナメント2回戦)で、ブラジルはノルウェーに1対2で敗れています。
ネイマールはこの試合でPKを決め、4つのW杯で得点したブラジル代表の選手としてペレに並びました。
試合後、ブラジルのテレビ局に「これで終わりだ」と語り、2010年に代表デビューしたのと同じ会場だったことに触れて「ここで始まり、ここで終わった」と話しています(出典:熊本日日新聞(共同通信)「ネイマールが代表引退示唆」)。
ESPNが伝えた英語では「I started here; I finished here.」で、代表での始まりと終わりが同じ場所になったことを、本人も意識していたことが分かります。
「代表チームでの僕の時間はもう終わったと思う」
W杯から3週間あまりたった7月28日、ネイマールはサントスの一員としてコパ・スダメリカーナの試合に途中出場し、その後、ブラジル代表で再びプレーするつもりはないと明らかにしました。
7月29日にESPNが伝え、日本ではサッカーキングが「代表チームでの僕の時間はもう終わったと思う」という言葉を紹介しています(出典:サッカーキング「ネイマール、ブラジル代表からの引退を表明」)。
同じ発言の中で、代表で歴史を築けたことをうれしく思い、常にあの黄色いユニフォームのために戦ってきた、とも語っています。
代表通算は130試合80得点で、得点はブラジル代表の歴代最多です。
大会の結果だけでなく、16年間の代表生活をどう受け止めているかが伝わる言葉です。
ネイマールの名言として広まる言葉の注意点
ネットで「ネイマールの名言」として出回る言葉の中には、広告のナレーションや、別の人物の言葉が混ざっています。
ジレットのCMの言葉は広告のナレーション
2018年7月、ジレットがスポンサーとなったポルトガル語の広告が公開され、ネイマール本人がナレーションを務めました。
ロシアW杯で、倒れ方が大げさだと批判されたことを受けた内容で、TIMEは2018年7月30日の記事で英語の文面を紹介しています(出典:TIME「Neymar Ad Explains His World Cup Dives in Video」)。
広告の中では、自分が大げさにすることもあると認めたうえで、「I fell, but only who falls can pick himself up.」(倒れた者だけが、また立ち上がれる)と語り、最後にブラジルの人々へ支えを求めています。
本人の声で語られていますが、会見やインタビューでの発言ではなく、広告のナレーションです。
引用するときは「ジレットの広告で語られた言葉」と添えると、誤解なく伝わります。
「プレッシャーは特権だ」はビリー・ジーン・キングの言葉
日本語の名言まとめでは「プレッシャーは特権だ」がネイマールの言葉として載っていることがありますが、発言の日付や場面は示されていません。
英語の「Pressure is a privilege」は、テニスのビリー・ジーン・キングが、自分の言葉として由来を語っている言葉です。
本人によると、2000年にラスベガスで行われたフェドカップのスペイン戦で、苦戦していたリンゼイ・ダベンポートに声をかけたときに、とっさに出た言葉でした(出典:Tennis.com「Billie Jean King shares origins of 'favorite' famous quote, 'Pressure is a privilege'」)。
ネイマール本人がプレッシャーについて語った言葉を引用したいときは、2013年のNumberに載った言葉なら、掲載号までたどれます。
出典が見つからない英語の言葉
「Never stop chasing your dreams.」のような短い英語の言葉も、ネイマールの名言として紹介されることがありますが、会見や本人のSNSで発言元を確かめられませんでした。
英語の格言のような言葉は、ほかの選手や著名人の言葉と混ざりやすいので、引用する前に媒体名と日付が分かる記事を探すと安心です。
サッカー全体でも同じことが起きていて、日本と海外のサッカー選手・監督の名言をまとめた記事でも、出典を確かめられない言葉を取り上げています。
ネイマールの名言に関するよくある質問
ネイマールは2026年10月時点で現役ですか?
現役で、ブラジルのサントスでプレーしていて、代表は2026年W杯のあとに退いています。
ネイマールの英語の名言は、本人が英語で話した言葉ですか?
多くは、本人がポルトガル語で話した内容を、海外の報道機関が英語に訳して伝えたものです。
ネイマールの言葉を日本語の本で読めますか?
2014年に徳間書店から出た『ネイマール 父の教え、僕の生きかた』で、本人と父の言葉を読めます。
ネイマールの名言をスピーチや寄せ書きで使うときのコツは?
いつ、どんな場面の言葉かを一言添えると、聞く人や読む人に言葉の重みが伝わりやすくなります。
ネイマールは何歳でプロになりましたか?
16歳でサントスとプロ契約を結び、17歳でトップチームにデビューしました。
ネイマールの名言のまとめ
ネイマールの名言は、雑誌のインタビューや会見、本人のSNSまでたどると、挑戦と再起をくり返してきた歩みと一緒に読めます。
2017年の移籍でつづった挑戦の言葉、大けがのあとの夢をあきらめない言葉、2026年W杯の最後に語った言葉は、どれも日付と場面がはっきりしています。
一方で、ジレットの広告のナレーションや、ビリー・ジーン・キングの言葉が、ネイマールの名言として広まっている例もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、2017年の「アスリートには挑戦が必要なんだ」です。
気になった言葉は、媒体名と日付を添えて引用してみてください。