本田圭佑選手の言葉は、移籍を決めた直後か、ワールドカップで敗れた直後かによって、同じ強気な一言でも受け取り方が大きく変わります。
会見や試合後の取材、雑誌のインタビュー、本人のツイートといった発言元までたどると、挑戦と努力についての考え方を正確に読み取れます。
よく知られた「リトルホンダ」も、2014年のACミラン入団会見は英語で行われていて、日本では訳された言葉として広まりました。
一方で、「成功の反対は」で始まる言葉のように、本田選手の名言として紹介されていても、本人の発言として確かめられないものもあります。
この記事のポイント
- 「何で他人が俺の進む道を決めんねんって思ってた」は2008年のオランダ移籍のころの言葉
- 「リトルホンダ」は英語の会見での答えが日本語に訳されて広まった
- 「失敗を恐れず、とにかくやってみる」は2018年8月の本人のツイート
- 「成功の反対は」で始まる言葉は本人の発言として出典を確認できない
本田圭佑の名言一覧
この記事で紹介する主な言葉を、話した時期と場面つきで一覧にします。
表は「場面」の列を見ると、移籍の前後とワールドカップの前後に言葉が集まっていることがわかります。
| 言葉 | 時期 | 場面 |
|---|---|---|
| 何で他人が俺の進む道を決めんねんって思ってた | 2008年 | オランダのVVVフェンロへの移籍 |
| 自分を信じてやりきることが大切 | 2010年2月 | CSKAモスクワへの移籍 |
| 実現しようとするかどうかが大事 | 2010年5月 | 南アフリカW杯のメンバー発表後 |
| あとは、サッカーを楽しむだけ | 2010年6月 | 南アフリカW杯の初戦のころ |
| My heart said Milan. | 2014年1月 | ACミラン入団会見(英語) |
| 優勝とまで言って、この散々な結果 | 2014年6月 | ブラジルW杯コロンビア戦の後 |
| また一から自分のモノサシ作りをする必要がある | 2014年 | ブラジルW杯の敗退後 |
| 敵は自分やと思っている | 2017年 | ミランでポジション争いの2番手だった時期 |
| 失敗を恐れず、とにかくやってみる | 2018年8月 | 本人のツイート |
| このクラブで1番成し遂げたいことはリーグで優勝することです | 2026年4月 | FCジュロン加入時のコメント |
このあと、言葉を時期の順に並べ、それぞれの場面と背景を紹介します。
本田圭佑とは
本田圭佑選手は、1986年6月13日生まれ、大阪府出身のサッカー選手です(出典:Jリーグ公式サイト「本田圭佑 2018 FIFAワールドカップロシア大会特集」)。
星稜高校から名古屋グランパスでプロになり、オランダのVVVフェンロ、ロシアのCSKAモスクワ、イタリアのACミランなど、海外のクラブを渡り歩いてきました。
日本代表では2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会の3回のワールドカップに出場し、日本人選手として初めて3大会連続でゴールを決めています。
2026年4月にはシンガポール・プレミアリーグのクラブ(2026/27シーズンからFCジュロンに改称)への加入が発表され、同年8月にチームに合流しました。
ほかの日本代表の選手や監督の言葉は、サッカーの名言を選手と監督に分けて紹介した記事でまとめています。
海外へ踏み出した時期の言葉
2008年から2010年にかけて、本田選手はオランダ、ロシアと続けて海外のクラブへ移り、そのたびに自分の進む道についての言葉を残しています。
何で他人が俺の進む道を決めんねんって思ってた
北京五輪が開かれた2008年に、名古屋グランパスからオランダのVVVフェンロへ移籍した時期の言葉で、Number702号(2008年4月24日号)の名言集に載っています(出典:Number Web「本田圭佑の名言 何で他人が俺の進む道を決めんねん」)。
当時は、五輪のために日本に残るべきではないかという声があり、この言葉はその声に対するものとして紹介されています。
関西弁のきつい言い方に聞こえますが、自分の進路は自分で決めて、その結果も自分で引き受けるという宣言として読むことができます。
進学や転職で周りの意見に迷ったときに、決めるのは自分だと思い出させてくれる言葉です。
どこまでやれるのか、自分を信じてやりきることが大切
南アフリカW杯の半年前、2010年1月にCSKAモスクワへ移籍した時期の言葉で、Number748号(2010年2月18日号)に載っています。
この言葉の前には「自分がクリスティアーノになれるとは思いません。だけど、」という一言があり、クリスティアーノ・ロナウド選手との差を認めたうえで語っています。
同じ記事では、自分の課題をフィジカルの強さだと話し、「だから、当たりの激しいロシアを選んだ」とも語っています。
才能の差を嘆くのではなく、足りないものを鍛えられる場所を自分で選ぶところに、本田選手の努力の考え方が表れています。
僕は欲深いから、遙か先を見てるんで
同じNumber748号に載っている言葉で、「僕は本気で、いつかレアルでプレーしたい」という目標とあわせて紹介されています。
CSKAモスクワへの移籍も、本人にとってはゴールではなく、もっと先へ進むための通過点だったと受け取れます。
目標を遠くに置くことで、目の前の移籍や結果に満足しないようにしている、という読み方もできる言葉です。
誰が前にいようが、誰が後ろにいようが、オレは前に行く
CSKAモスクワでプレーしていた2010年の言葉で、Number769号(2010年12月24日号)の名言集に載っています(出典:Number Web「本田圭佑の名言 誰が前にいようが、誰が後ろにいようが、オレは前に行く」)。
CSKAモスクワで本田選手に与えられたのは、希望していたトップ下ではなくボランチのポジションでした。
監督と意見がぶつかり、試合のメンバーから外されたこともありましたが、本田選手は自分のプレーを変えませんでした。
言葉は「それを主張し続けたことで、まわりがそれに合わせて、システムを変化させるようになってきた」と続きます。
周りに合わせて自分を引っ込めるのではなく、主張を続けて周りの理解を得ていく、という考え方が表れていると受け取れます。
1年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる
同じNumber769号の名言集に載っている言葉で、「僕はその味をしめてしまったんですよ」と続きます(出典:Number Web「本田圭佑の名言 1年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる」)。
当時の本田選手は、レアル・マドリーでプレーすることを目標に掲げていました。
同じ記事では、「メンタルのトレーニングをすれば、いくらでも課題を克服できると思う」という言葉も紹介されています。
遠い目標を具体的に思い描くことが、毎日の地道な練習を続ける力になっている、という努力の続け方として受け取れます。
受験勉強や資格の勉強のように、成果が出るまで時間のかかることに取り組むときに思い出したい言葉です。
南アフリカW杯で語った言葉
2010年の南アフリカW杯で、本田選手は初戦のカメルーン戦とデンマーク戦でゴールを決め、日本のベスト16進出の中心になりました。
実現しようとするかどうかが大事
ワールドカップのメンバーが発表されたあとの2010年5月16日に、本田選手は「ベスト4を実現できるか、正直分からないが、実現しようとするかどうかが大事」と話しています。
大会中のミックスゾーンで「優勝」について聞かれたときには、「弱い自分もいるし、でも行けると思っている自分もいる」と答えました。
そして「公言しないと、弱い自分がどんどん大きくなってしまう」と続け、大きな目標を口にする理由を明かしています。
この一連の言葉は、Number Webの矢内由美子さんの記事「本田圭佑“ビッグマウス”の真意。」(2010年6月26日)で紹介されています。
強気な発言は自信の表れというより、迷う自分を前に進ませるための方法だったと受け取れる言葉です。
あとは、サッカーを楽しむだけ
Number 2010年6月25日臨時増刊号(2010年6月17日)に載った言葉で、「初心に戻って出来ることをやろう、相手が嫌がることをやろうと」のあとに続く一言です。
大会直前、本田選手は慣れない1トップを任され、戸惑いながら初戦のカメルーン戦を迎えていました。
記事では、「いろいろ考えたけど、自分のプレーをしようと決めたんです」という言葉も紹介されています。
前日に24歳になったばかりの本田選手は、6月14日のカメルーン戦で決勝点を決めました。
大舞台で考えすぎたときに、やるべきことを絞ってから楽しむという順番を教えてくれる言葉です。
「リトルホンダ」の英語の原文と日本での伝わり方
本田選手の言葉でいちばん有名なのが、2014年1月8日のACミラン入団会見での「リトルホンダ」の話ですが、英語の原文と日本語での伝わり方は分けて知っておく必要があります。
英語の会見で語った「My heart said Milan.」
本田選手はミランの本拠地サン・シーロで開かれた入団会見で、質問にすべて英語で答えました。
イタリアのサッカーを英語で伝えるニュースサイトは、会見での本田選手の言葉として「My heart said Milan. That's all I can say.」を伝えています(出典:Football Italia「Honda: My heart said Milan」)。
「心がミランと言った、言えるのはそれだけです」という意味の答えです。
同じ記事には、セリエAでプレーして背番号10をつけるとずっと言ってきた、という意味の「I always said that I would play in Serie A and wear the number 10 shirt.」という言葉も載っています。
日本語で伝わった「心の中のリトル・ホンダ」
日本では、サッカーキングが会見の一問一答を日本語に訳して掲載し、ミランを選んだ理由を聞かれた答えを「心の中のリトル・ホンダに聞きました」としています(出典:サッカーキング「本田のミラン入団会見&ミックスゾーンでの一問一答全文」)。
この訳では、どのクラブでプレーしたいのかと心の中に聞いたら、『ミランでプレーしたい』と答えた、という流れになっています。
ただし、英語の報道で確認できる言い回しは「My heart said Milan.」で、英語で「little Honda」という語を使った記録は見つけられませんでした。
引用するときは「ミラン入団会見(英語)での答えを日本語に訳した言葉」と添えると、誤解なく伝えられます。
のちの2021年2月4日、ポルトガルのポルティモネンセへの移籍を音声配信で発表した際には、リトルホンダとの対話について聞かれ、「みんな『リトル自分』と会話してるでしょ」と答えています。
「リトルホンダ」は、本人ものちに受け入れた、自分の内側の声に聞いて決めるという考え方を表す言い方だと受け取れます。
小学校の作文と背番号10
入団会見で本田選手は、12歳のときにセリエAで背番号10をつけたいと作文に書いた、と話しています。
小学校の卒業文集の一節として「ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します」という文が、Number Webの弓削高志さんの記事(2013年12月12日)で紹介されています。
会見後に日本の記者の取材を受けた本田選手は、「自信がないと10番は要求しないでしょうし」と話し、背番号10を自ら求めた理由を語っています。
Number845号(2014年1月16日号)では、「この期待に見合う選手になれれば、今離されているもう一人の自分に追いつけるはず」とも語っています。
子どものころに書いた目標をそのまま実現しながら、期待に見合う自分には「まだ追いついていない」と考えていたところに、挑戦を続ける本田選手らしさが表れています。
敗戦と逆風の中で語った努力の言葉
本田選手の言葉は、勝ったときより、負けたときや思うようにいかないときに、努力についての考え方がはっきり出ています。
安定って言葉は、俺の辞書にない
Number783号(2011年7月21日号)の名言集に載った言葉で、「これまで生きてきてあんまり使ったことがないし、聞いたこともないですね」という前置きがあります(出典:Number Web「本田圭佑の名言 安定って言葉は、俺の辞書にない」)。
本田選手は、人生は上がるか落ちるかのどちらかで、安定と呼ばれる横ばいの状態は、自分から見れば下に落ちているのと同じだ、と説明しています。
そのうえで「下に落ちるのも、次に昇るための変化かもしれない」と続けています。
「昇るために、落ちることが必要なこともある」とも話しています。
Number Webの解説は、本田選手にとってはけがでさえも上へ昇るための助走なのかもしれない、と添えています。
今の状態を守ることより、落ちた時期も次へのきっかけと考える姿勢は、思うようにいかない時期を過ごしている人の支えになる言葉です。
勝ったときに悪かったところへ目を向ける言葉
2013年11月の日本代表のオランダ戦、ベルギー戦の結果を踏まえた言葉が、Number842号(2013年11月28日号)に載っています。
本田選手は「良かった点に目を向けるのではなく、悪かったところに意識を向けないと」と話し、結果が出たときこそ課題を洗い出すべきだと語りました。
うまくいった日の振り返りを甘くしないという考え方は、部活動や仕事の振り返りにもそのまま使えます。
優勝とまで言って、この散々な結果
2014年6月24日、ブラジルW杯のグループリーグ第3戦でコロンビアに1対4で敗れたあとの言葉です。
デイリースポーツ(2014年6月25日)によると、本田選手は「優勝とまで言って、この散々な結果。自分たちが未熟すぎた結果ですから」と話しました。
同じ試合後には「それを招いたのも自分自身なんで、受け入れる必要があるなと」とも語っています。
大きな目標を口にしてきた選手が、届かなかった結果をごまかさずに受け止めた言葉で、口にした目標の重さも伝わります。
また一から自分のモノサシ作りをする必要がある
ブラジルW杯のグループリーグ敗退が決まったあとの言葉で、Number862号(2014年10月2日号)に載っています。
本田選手は、オランダ時代に一度だけ似たことがあったと振り返り、「精神的改革、目標の改革、モノサシの改革が必要になる」とも話しています。
ここでいう「モノサシ」は、自分の実力や目標をはかる基準のことだと受け取れます。
負けたあとに練習量を増やすだけでなく、基準そのものから作り直すという考え方は、行き詰まったときの立て直し方として参考になります。
今やっている2倍、3倍やる覚悟があるのか
Number901号(2016年4月27日号)の名言集に載った、日本代表の若い選手たちに向けた言葉です(出典:Number Web「本田圭佑の名言 僕が言っている覚悟の意味は、現状維持ではない」)。
本田選手は「僕が言っている覚悟の意味は、現状維持ではない」と前置きし、今やっていることを明日もやるのではない、と続けてから、この問いを投げかけています。
宇佐美貴史選手や武藤嘉紀選手らの名前を挙げ、代表にいる全員にポテンシャルはあり、その気になれば変われると評価したうえでの言葉でした。
同じ努力を続けるだけでは足りず、量そのものを変える決意を求めている点で、「安定」を嫌う2011年の言葉ともつながっています。
敵は自分やと思っている。妥協が最大の敵やね。
ACミランで背番号10を背負いながら、結果を出せずにメディアから厳しく批判され、右FWの序列でスソ選手に次ぐ2番手になっていた時期の言葉です(出典:Number Web「本田圭佑の名言 敵は自分やと思っている」)。
Number925号(2017年4月13日号)の名言集に載っていて、同じ記事では、本人のメルマガでの「そもそも敵はスソやと思ってないからね」という言葉も紹介されています。
ポジションを争う相手ではなく、自分の中の妥協と戦うという考え方で、ライバルとの比較に疲れたときに読み返したい言葉です。
2010年W杯のあとに取材を断るようになった本田選手に、スポーツライターの木崎伸也さんが足かけ7年、28回の直撃取材で向き合った記録は、『直撃 本田圭佑』で前後の話ごと読めます。
\ 本人との対話の記録を読む /
ロシアW杯から現在まで続く挑戦の言葉
2018年のロシアW杯を最後に日本代表から退いたあとも、本田選手は国やクラブを変えながら、選手としての挑戦を続けています。
俺にとってサッカーは人生のウォーミングアップだ
メキシコのパチューカでプレーしていた時期の言葉で、Number948号(2018年3月15日号)の名言集に載っています。
同じ記事では、本田選手が「サッカー、ビジネス、24時間、行けるところまで行く」と公言していることも紹介されています。
サッカーを軽く見ているのではなく、サッカーで得たものを土台に、人生全体でさらに大きなことに挑むという意味だと受け取れます。
小さい頃から目指してきたワールドカップを3回経験した
2018年7月2日(現地時間)のロシアW杯決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れたあと、本田選手は日本代表から退くことをあらためて明らかにしました。
フットボールチャンネル(2018年7月4日)によると、本田選手はこの言葉に続けて、自分のサッカー人生はワールドカップのためにやってきたと言っても過言ではない、と話しています。
Numberの2018年7月17日特別増刊号では、ずっと口にしてきた「優勝」という目標を「若い世代にしっかり引き継いでもらいたい」と語った言葉も紹介されています。
自分では届かなかった目標を、次の世代に託すという区切りの言葉です。
失敗を恐れず、とにかくやってみる
2018年8月2日の午後8時13分、本田選手が自身のツイッター(現X)に投稿した言葉です(出典:デイリースポーツ「本田圭佑『ずっと挑戦者として』とツイート」)。
投稿は「失敗を恐れず、とにかくやってみる。目標を見失わずに行動する。」と続き、「ずっと挑戦者として歩み続けたいな」と結ばれています。
パチューカを離れて所属先が決まっていなかった時期で、7月31日には英語で現役を続けることを宣言していました。
代表を退いたあとも挑戦をやめないという意思が、短い3つの文にまとまっていて、新しいことを始めるときに読み返しやすい言葉です。
このクラブで1番成し遂げたいことはリーグで優勝することです
2026年4月10日、シンガポールのクラブへの加入が発表されたときに、本田選手がクラブ公式サイトに寄せたコメントの一節です(出典:サッカーキング「本田圭佑がアルビレックス新潟シンガポールに“電撃加入”」)。
本田選手はこのコメントで、今年40歳になることや、複数の国のリーグでゴールを決める記録に挑んでいることにも触れています。
そのうえで「かなり難しい挑戦にはなりますが、必ず成し遂げたいと思います」と続けていて、南アフリカW杯の前と同じように、新しい場所でも目標を先に口にしています。
競技は違いますが、大きな目標を言葉にして挑み続けた選手の言葉は、大谷翔平の名言を出典と場面つきで紹介した記事でも読めます。
本田圭佑の名言として広まる出典不明の言葉
本田選手の言葉として紹介されていても、いつどこで話したかを確かめられない言葉や、言い回しがはっきりしない言葉があります。
「成功の反対は失敗ではなく挑戦しないこと」
「成功の反対は失敗ではなく、挑戦しないこと」という趣旨の言葉が、本田選手の名言として紹介されることがあります。
しかし、本人の会見やインタビュー、本人の投稿を伝える報道では、この言葉を話した記録は見つかりませんでした。
同じテーマの言葉を本田選手の名言として使いたいときは、2018年8月2日のツイートとして報じられた「失敗を恐れず、とにかくやってみる」を選ぶと、出典を示して引用できます。
「挫折は過程、最後に成功すれば挫折は過程に変わる」
「挫折は過程、最後に成功すれば、挫折は過程に変わる」に「だから成功するまで諦めないだけ」と続く言葉も、本田選手の名言集やランキングで多く取り上げられています。
2012年ごろからサッカー関連のサイトなどで紹介されていますが、いつのインタビューや会見で話した言葉かを示したものは見つかりませんでした。
Number Webの本田選手の名言集にも、この言葉は載っていません。
挫折を前向きにとらえる本田選手の言葉を出典つきで使いたいときは、Number783号の「下に落ちるのも、次に昇るための変化かもしれない」が近い内容です。
「持ってる」の正確な言い回し
2010年6月14日のカメルーン戦で決勝点を決めたあとの「持ってる」という言葉も、本田選手を語るときによく取り上げられます。
デイリースポーツ(2014年6月13日)は、4年前の初戦を振り返り、決勝点を決めて「(俺は)持ってる」と話したと伝えています。
ただし、試合直後にどのインタビューで、どんな前後の言葉とともに話したかは、当時の記録で確かめられませんでした。
一方、Number769号(2010年12月24日号)の名言集には、デンマーク戦のフリーキックを振り返った「いやあ、やっぱりオレは持っているんですよ(笑)」という言葉が載っています(出典:Number Web「本田圭佑の名言 いやあ、やっぱりオレは持っているんですよ」)。
本田選手はこれに続けて、試合前に頭の中でいいイメージを何度も繰り返し、本番でフリーキックを決めるイメージを作れていた、と説明しています。
「持っている」が運だけの話ではなく、準備を重ねた結果として語られている点も、あわせて知っておきたいところです。
この言葉を使うときは、カメルーン戦の直後の一言として引用するより、デンマーク戦を振り返ったNumber769号の言葉として紹介すると、出典を示して引用できます。
本田圭佑の名言に関するよくある質問
本田圭佑の有名な名言は?
ACミラン入団会見での「リトルホンダ」の話と、2008年のオランダ移籍のころの「何で他人が俺の進む道を決めんねんって思ってた」がよく知られています。
リトルホンダとは何ですか?
自分の心の中にいるもう一人の自分を指す言い方です。
2014年のミラン入団会見で、クラブを選んだ理由を聞かれた英語の答えが「心の中のリトル・ホンダに聞きました」と日本語に訳されて広まりました。
「成功の反対は失敗ではなく挑戦しないこと」は本田圭佑の言葉?
本人の発言として確かめられる出典は見つかっていないため、本田選手の言葉と断定して引用するのは避けたほうが安心です。
本田圭佑は今どこのクラブに所属している?
2026/27シーズンはシンガポール・プレミアリーグのFCジュロンと選手契約を結び、2026年8月にチームに合流しました。
本田圭佑の名言をスピーチや寄せ書きに使うなら?
話した時期と場面がはっきりしている「失敗を恐れず、とにかくやってみる」や「自分を信じてやりきることが大切」が使いやすい言葉です。
引用するときは「2018年のツイートより」のように時期を添えると、言葉の意味が正しく伝わります。
本田圭佑の名言のまとめ
本田圭佑選手の名言は、移籍やワールドカップの節目ごとに語られた言葉が多く、いつどの場面で話したかまで知ると、強気に聞こえる言葉の裏にある考え方が見えてきます。
大きな目標をあえて口にし、負けたときは自分の未熟さを認めて、モノサシから作り直すという姿勢が、多くの言葉に共通しています。
「リトルホンダ」は英語の会見での答えが日本語に訳されて広まった言葉で、「成功の反対は」で始まる言葉は本人の発言として確認できません。
持ち帰りたい言葉を選ぶなら、「失敗を恐れず、とにかくやってみる」と「敵は自分やと思っている」です。
気になった言葉は、当時の記事やインタビューで前後の話ごと読んでみてください。