サッカーの名言は、試合の直後に出た言葉か、何年もたってから振り返った言葉かで、同じ一言でも受け取り方が変わります。
選手と監督、日本と海外に分けて、試合や会見など発言の背景を添えて読むと、言葉の重みと話し手の意図がつかみやすくなります。
「三笘の1ミリ」や森保一監督の「景色」の言葉のように、よく知られた言葉ほど、いつ誰に向けて話したかが切り取られて広まっています。
一方で、クライフやペレの言葉として広まっている中には、いつどこで話したのかを確かめられない言葉も混ざっています。
この記事のポイント
- 「1ミリかかっていればいいなと思いました」はカタールW杯スペイン戦後の三笘薫の言葉
- 森保一監督の「景色」の言葉はクロアチア戦に敗れた夜の会見で出た
- オシムの「走りすぎても死なない」は2005年4月の広島戦での言葉
- 「ボールは汗をかかない」はクライフの言葉として広まるが出典を確かめられない
サッカーの名言一覧
まず、よく知られている10の言葉を、話した人と場面つきで一覧にします。
表は、言葉だけでなく「どの試合や会見で出たか」の列を見ると、言葉の温度がわかりやすくなります。
| 言葉 | 人物 | 場面 |
|---|---|---|
| 1ミリかかっていればいいなと思いました | 三笘薫 | 2022年W杯スペイン戦の試合後 |
| ドイツやスペインに勝つ景色は選手たちが見せてくれました | 森保一 | 2022年W杯クロアチア戦後の会見 |
| あのゴールは本当に本能だった | 三浦知良 | 2011年の震災復興チャリティーマッチ |
| サッカーの神様、いたね | 澤穂希 | 2011年女子W杯準々決勝ドイツ戦の後 |
| 走りすぎても死なない | イビチャ・オシム | 2005年4月の広島戦 |
| 今日の友達こそ本当の友達だ | デットマール・クラマー | 1964年東京五輪の敗戦後 |
| 神の手(la mano de Dios) | ディエゴ・マラドーナ | 1986年W杯イングランド戦の後 |
| ボールを走らせろ。ボールは疲れない | ヨハン・クライフ | Numberの名言集に掲載(話した場面は不明) |
| I think I am a special one | ジョゼ・モウリーニョ | チェルシー監督として初めての会見 |
| You have to change from doubter to believer | ユルゲン・クロップ | 2015年10月のリヴァプール監督就任時 |
このあと、日本の選手、日本を率いた監督、海外の選手、海外の監督の順に、ほかの言葉も合わせて38の言葉を背景つきで紹介します。
日本代表の試合で生まれた選手の名言
ワールドカップやアジアカップなど、日本代表の大舞台の直後や、その大会を振り返って語られた言葉です。
三笘薫「1ミリかかっていればいいなと思いました」
2022年のカタールW杯グループステージ第3戦で、日本がスペインに2対1で逆転勝ちした試合のあと、三笘薫選手が語った言葉です(出典:Jリーグ公式サイト「三笘 薫『1ミリかかっていればいいなと思いました』」)。
三笘選手は、ゴールラインぎりぎりで足を伸ばしてボールを折り返し、そのボールが田中碧選手の決勝点につながりました。
ボールがラインを割ったかどうかはビデオ判定で確かめられ、ゴールが認められたことから「三笘の1ミリ」という呼び方が広まりました。
あきらめずに最後まで足を伸ばした一瞬が勝敗を分けた場面として、部活動の声かけなどでもよく引き合いに出されます。
澤穂希「サッカーの神様、いたね」
2011年の女子W杯準々決勝で、日本がそれまで一度も勝ったことのなかったドイツを延長戦の末に破ったあと、ミックスゾーンに現れた澤穂希選手の第一声です(出典:Number Web「澤穂希の名言」)。
この言葉はNumber784号(2011年8月)に掲載されました。
なでしこジャパンはこの大会で優勝し、震災のあった年に明るい話題を届けました。
努力を重ねてきた人が、最後に運を引き寄せたときの実感がこもった言葉として受け取れます。
長友佑都「W杯の借りはW杯でしか返せない」
2014年のブラジルW杯で、日本は1分け2敗のグループ最下位に終わり、最終戦のコロンビア戦は1対4の大敗でした。
長友佑都選手は、この試合のあとに代表引退も考えたと明かし、4年後のロシアW杯でもう一度コロンビアと戦うことに運命を感じると語っています。
そのうえで出たのが「W杯の借りはW杯でしか返せない」という言葉で、Number954・955・956号(2018年6月)に掲載されました。
日本はロシア大会でコロンビアに勝ち、長友選手は言葉どおりW杯の借りをW杯で返しました。
中田英寿「いいサッカーというのは、一人ではできないんだね」
中田英寿選手は、2006年のドイツW杯を最後に29歳で現役を引退しました。
大会中はチームの中で孤立していると伝えられ、この言葉はNumber657号(2006年7月)に掲載された、引退直後の時期の言葉です。
どれだけ走っても、サッカーは一人ではできないという実感は、華やかなキャリアの最後にたどり着いた苦い答えとして読むことができます。
吉田麻也「でも結果がすべて」
吉田麻也選手が日本代表のキャプテンとして初めて臨んだ公式戦が、2019年にUAEで開かれたアジアカップでした。
準決勝でイランに3対0で快勝したものの、決勝ではカタールに1対3で敗れています。
大会後、吉田選手は「勝てば『いい雰囲気のチーム』と言われる。でも結果がすべて」と語り、チームに生まれた緩さを取り除けなかったと自分を責めました(Number972号・2019年2月)。
雰囲気の良さに安心せず、結果から逆算して自分を律するという、主将としての覚悟がにじむ言葉です。
努力と挑戦を語った日本のサッカー選手の名言
海外移籍や長い現役生活の中で、日々の積み重ねについて語った言葉を集めました。
本田圭佑選手が移籍やワールドカップの節目で語った言葉は、本田圭佑の名言を出典と背景つきで紹介した記事で詳しく取り上げています。
三浦知良「あのゴールは本当に本能だった」
2011年3月29日、東日本大震災の復興支援チャリティーマッチで、Jリーグ選抜として出場した三浦知良選手が日本代表からゴールを決めました。
カズはそのゴールを「あのゴールは本当に本能だった。普段の練習でやっていたものが出たんだと思う」と振り返っています(出典:Number Web「三浦知良の名言」)。
この言葉はNumber778号(2011年5月)に掲載されたもので、毎日の練習の積み重ねが大事な場面で自然に出たという実感が伝わります。
2026年1月9日には、J3の福島ユナイテッドFCへの加入会見で、あのゴールに被災地の人たちが「勇気を貰った」と言ってくれたことを振り返りました。
同じ会見でカズは「また新たなゴールで福島の皆さんと一緒に喜び合えたらいいなと思ってます」と語っています(出典:サッカーキング「チャリティーマッチで伝説弾のカズが福島へ」)。
53歳だった2020年には、Number1001号で「大事なことは、そこに向かって努力していくというプロセスです」とも話しています。
ゴールを取ることの怖さも味わってきたストライカーが、結果だけでなく、そこへ向かう毎日を大切にしていることがわかる言葉です。
中村俊輔「海外でもがいた経験は必ず後で生きる」
中村俊輔選手はイタリアのレッジーナ、スコットランドのセルティックなどでプレーした経験から、若い選手は積極的に海外へ出るべきだと考えていました。
レッジーナで試合に出られなかったら「イタリアで失敗した」と言われたかもしれないが、それは失敗ではない、と語ったうえで出たのがこの言葉です(Number730号・2009年6月)。
ポジション争いに敗れても、その国のサッカーに適応しようと努力した時間は、後のサッカー人生の糧になるという持論です。
長谷部誠「本当に忍ぶ」
長谷部誠選手がドイツで「一番苦しかった」と振り返るのが、ヴォルフスブルクに所属していた2012-2013シーズンです。
移籍を考えた長谷部選手は、マガト監督とクラブから練習場の裏の森を走らされるだけの扱いを4か月間受けました。
そのときの心構えを語ったのが「いつかは来るチャンスと、いつか来る状況の変化に自分が対応するために、本当に忍ぶ」という言葉で、Number961号(2018年9月)に掲載されています。
長谷部選手は監督の交代で先発に戻り、のちにフランクフルトでリベロという新しい役割をつかみました。
遠藤保仁「成長するのに特効薬はないんですよ」
ザッケローニ監督が率いた日本代表が、自分たちで主導権を握るサッカーを目指していた2013年の言葉です(Number833号・2013年7月)。
遠藤保仁選手は、集団の輪を乱さずに個を伸ばしていくのはとても難しいと認めながら、今までやってきたことをやり通すしかないと話しました。
近道を探したくなる場面で、毎日の積み重ねに戻ることを思い出させてくれる言葉です。
内田篤人「世界一は“なる”ものじゃなく、結果が先」
内田篤人選手は、鹿島アントラーズでリーグ3連覇を経験したあと、ドイツのシャルケでレギュラーをつかんだ右サイドバックです。
2014年に「世界一は“なる”ものじゃなく、結果が先なんですよ」と語り、世界一になるためには優勝するしかないと続けました(Number862号・2014年10月)。
優勝する前と後でやっていたことは大きく違わず、勝ったことで一番のチームになっていった、という鹿島での実感がもとになった言葉です。
日本を率いた監督の名言
日本代表やJリーグのクラブを率いた監督たちは、会見や取材の場で、選手や日本のサッカーに向けた言葉を残しています。
森保一「ドイツやスペインに勝つ景色は選手たちが見せてくれました」
2022年のカタールW杯決勝トーナメント1回戦で、日本はクロアチアと1対1で延長戦を終え、PK戦の末に敗れて初のベスト8を逃しました。
その試合後の会見で、森保一監督は「ベスト16の壁は破れなく、新しい景色を見ることができなかったと言われますが」と前置きして、この言葉を口にしています(出典:Goal.com日本版「森保監督、立候補したPKキッカーたち称える」)。
目標に届かなかった悔しさを受け止めながら、ドイツとスペインに勝った選手たちの戦いを認める言葉として受け取れます。
サンフレッチェ広島の監督だった2013年には、「サッカーって、数ある球技の中で最もミスが起こるスポーツだと思うんです」とも語っていました(Number839号・2013年10月)。
このあと、ミスを叱って選手を萎縮させるより、ミスを取り戻そうとする姿勢を求めたいと続けていて、選手を信じて任せる森保監督の考え方が表れています。
岡田武史「僕は手が届くと思っているからベスト4だと言っている」
2009年6月、ウズベキスタンとの試合に勝って南アフリカW杯への出場を決めた岡田武史監督が、本大会の目標について語った言葉です(Number732号・2009年7月)。
岡田監督は、乗り越えられるかどうかはわからないが、乗り越えようとしない限りできない、と続けています。
初めて日本代表を率いた1997年のフランスW杯予選では、攻撃がパワープレーだけになったと批判されて、「サッカーには100点のやり方なんてないと思ってる」と反論しました(Number434号・1997年12月)。
正解のないスポーツだからこそ面白い、という考え方は、二度のW杯で日本を率いた監督の芯にあるものとして読むことができます。
イビチャ・オシム「走りすぎても死なない」
イビチャ・オシム監督は、ジェフユナイテッド市原の監督を務めたあと、2006年7月に日本代表の監督に就任しました。
2022年5月にオシム氏が亡くなったとき、デイリースポーツは発言の年月と場面つきで語録を伝えています(出典:デイリースポーツ「ウィットに富んだオシム語録『走りすぎても死なない』」)。
その中から、場面のわかる言葉を4つ挙げます。
- 「ライオンに襲われた野うさぎが逃げ出すときに肉離れしますか?」(2003年4月、ジェフで故障者が続出したとき)
- 「疲れているのはわかるが相手も同じ。走りすぎても死なない」(2005年4月、広島戦で)
- 「チームを“日本化”させること」(2006年7月、日本代表監督に就任して)
- 「向こう側の世界まで行って戻ってきました」(2008年6月、脳梗塞で倒れてから初めての会見で)
ユーモアのある言い回しの中に、走ることや日本らしさへのこだわりが込められているのがオシム監督の言葉の特徴です。
2005年には、ドイツW杯を控えたジーコ監督の日本代表へのエールを求められて、「自分が自分を信じてなかったら、誰が自分を信じるんだ?」と語りました(Number630号・2005年6月)。
オシム監督の言葉は、ジャーナリストの木村元彦さんが取材をまとめた『オシムの言葉』で、語られた背景ごと読むことができます。
\ 語録の背景まで一冊で読む /
デットマール・クラマー「今日の友達こそ本当の友達だ」
デットマール・クラマーさんは、1960年に日本代表のコーチとして招かれ、「日本サッカーの父」と呼ばれるドイツ人の指導者です。
1964年の東京五輪で、日本はアルゼンチンに0対2から3対2で逆転勝ちし、大勢の人が祝福に訪れたロッカールームで、クラマーさんは選手だけを残して言葉をかけました。
「今、慰めと励ましが必要なのはアルゼンチンの選手たちだ」と語り、自分は相手のロッカールームへ向かったといいます。
準々決勝でチェコスロバキアに0対4で敗れたあとは、閑散としたロッカールームで「今日の友達こそ本当の友達だ」と選手に語りかけました(出典:JFA.jp「本当の友人 ~いつも心にリスペクト Vol.85~」)。
この大会の代表選手で、のちに日本サッカー協会の会長を務めた川淵三郎さんは、このときの言葉に支えられたと振り返っています。
ジーコ「信頼は積み重ねによって生まれる」
2006年のドイツW杯で日本代表を率いたジーコ監督は、調子の上がらない中村俊輔選手を起用し続けたことで批判を受けました。
大会後、ジーコ監督は「信頼は積み重ねによって生まれる」と語り、名前ではなく、FKやスルーパスで日本を救ってきた実績で判断したと説明しています(Number662号・2006年9月)。
結果は1次リーグ敗退でしたが、監督が選手を選ぶ基準を自分の言葉で語った貴重な記録です。
海外のサッカー選手の名言
海外のスター選手の言葉は、英語やスペイン語などで語られたものが日本語に訳されて広まっています。
ブラジル代表のネイマール選手が挑戦について語った言葉は、ネイマールの名言を出典付きで紹介した記事で読めます。
ディエゴ・マラドーナ「神の手」
1986年のメキシコW杯準々決勝で、アルゼンチンはイングランドに2対1で勝ち、ディエゴ・マラドーナ選手の1点目は手でボールを押し込んだゴールでした。
試合後、記者に囲まれたマラドーナ選手は「Un poco con la cabeza de Maradona y otro poco con la mano de Dios」と答えています(出典:Deccan Herald(ロイター配信)「How Diego Maradona's 'Hand of God' quote went round the world」)。
「少しはマラドーナの頭で、少しは神の手で」という意味で、その場にいたロイターの記者も、誰に向けて言ったのかは正確にはわからないと話しています。
のちにマラドーナ選手は、このゴールについて「あれはイングランド人の懐から、財布を盗み取ったような気分だったね」と回想しました(Number653号・2006年5月)。
同じ試合の2点目は、5人抜きと呼ばれる伝説のドリブルからのゴールで、天才と反則の両方が一試合に詰まった場面として語り継がれています。
ヨハン・クライフ「ボールを走らせろ。ボールは疲れない」
ヨハン・クライフさんは、1974年W杯でオランダの「トータルフットボール」の中心にいた選手で、のちにバルセロナの監督としても黄金時代を築きました。
「ボールを走らせろ。ボールは疲れない」は、Number654・655・656号(2006年6月)にクライフさんの言葉として掲載されています(出典:Number Web「ヨハン・クライフの名言」)。
ただし、いつ、どこで、誰に向けて話した言葉かは、掲載ページには書かれていません。
2016年4月のNumber901号には、「人生で避けられないことは3つ。死と、納税と、バルサの優勝だ」という言葉も載っています。
選手として1973年にバルセロナへ移り、1988年から8季監督を務めたクライフさんらしい、クラブへの愛情とユーモアが混ざった言葉です。
ジネディーヌ・ジダン「本当の勝敗というのは」
前回王者として臨んだ2002年の日韓W杯で、フランスはグループリーグで敗退しました。
ジネディーヌ・ジダン選手はこの大会を振り返り、「本当の勝敗というのは、試合の直後ではなく、その後の人生で決まるのではないでしょうか」と語っています(Number604号・2004年6月)。
負けた者が努力して次の機会に勝てば、自分の弱さに勝った勝者になれる、という続きの話から、敗戦をどう受け止めるかを考えさせてくれる言葉です。
アンドレス・イニエスタ「勝ち続けていることの本当の価値」
2014-15シーズン、バルセロナはリーグ、国王杯、欧州CLの三冠を達成しました。
CL決勝でユベントスを破ったあと、アンドレス・イニエスタ選手は「時が経てば、僕らが勝ち続けていることの本当の価値が分かることになるはずだ」と話しています(Number臨時増刊号・2015年6月)。
イニエスタ選手はのちにヴィッセル神戸でプレーし、日本のファンにもなじみの深い選手になりました。
海外のサッカー監督の名言
海外の名監督の言葉は、就任会見や大一番の直後など、注目が集まる場面で生まれたものが多く残っています。
ジョゼ・モウリーニョ「I think I am a special one」
ポルトで欧州王者になったジョゼ・モウリーニョ監督が、チェルシーの監督として初めて臨んだ記者会見で語った言葉です(出典:Premier League「PL30: The Special One」)。
傲慢だと思わないでほしい、自分は欧州王者で、特別な一人だと思う、という趣旨で、ここから「スペシャル・ワン」があだ名になりました。
チェルシーは2004-05シーズン、50年ぶりにリーグ優勝を果たし、大きな言葉を結果で裏付けています。
2013年には、W杯で連覇を目指すスペインについて「サッカーにおいて難しいのは勝つことよりも、勝ち続けることなんだ」と語りました(Number842号・2013年11月)。
アレックス・ファーガソン「このフットボールってやつは!」
1999年の欧州CL決勝で、マンチェスター・ユナイテッドはバイエルンに0対1でリードされたまま後半のロスタイムを迎えました。
そこからシェリンガム選手とスールシャール選手が続けてゴールを決めて逆転し、アレックス・ファーガソン監督が試合後に残したのがこの言葉です(出典:Number Web「アレックス・ファーガソンの名言」)。
英語では「Football, bloody hell!」として知られていて、信じられない逆転劇を一言で言い表した言葉として今も引用されています(出典:IBTimes UK「Sir Alex Ferguson's Most Memorable Quotes」)。
1999年には、チームを「我々は赤い一台のバスに乗った家族」と表現し、停留所ごとに止まってはまた次を目指すだけだ、と語っています(Number481号・1999年10月)。
ユルゲン・クロップ「You have to change from doubter to believer」
2015年10月、リヴァプールの監督に就任したユルゲン・クロップ監督が、サポーターに向けて語った言葉です(出典:Sky Sports「Jurgen Klopp: Full story of how Liverpool went from doubters to believers」)。
「疑う人から信じる人に変わらなければならない」という意味で、同じ会見では、4年後にここにいればタイトルを1つは取っているだろうとも話しました。
リヴァプールはその予告から1年遅れて、30年ぶりのリーグ優勝を果たしています。
ドルトムントの監督だった2013年には、激しいプレスの戦術について「チームの成功は、選手個々のクオリティーによらない」と語っていました(Number827号・2013年4月)。
ジョゼップ・グアルディオラ「攻撃と守備はひとつのもの」
バルセロナでリーグ3連覇と2度の欧州CL制覇を果たしたジョゼップ・グアルディオラ監督が、バイエルンの監督に就任した2013年の言葉です。
「私にとって、攻撃と守備はひとつのもの。切り離すことはできない」と語り、いい攻撃がいい守備をもたらすと続けました(Number835号・2013年8月)。
ボールを持つことで守る、という考え方を短い言葉で示した例として、指導の現場でもよく引用されます。
アーセン・ベンゲル「小説家のボキャブラリーのようなもの」
名古屋グランパスを率いたこともあるアーセン・ベンゲル監督が、1998年のフランスW杯で1次リーグ敗退に終わった日本代表の課題を指摘した言葉です(Number476号・1999年7月)。
「サッカーにおける技術は、小説家のボキャブラリーのようなものだ」と語り、語彙の少ない小説家は優れた小説を書けないと続けています。
戦術を生かすにも、まずは表現の幅となる技術が必要だという考え方で、育成年代の指導でも通じる言葉です。
出典を確かめられないサッカーの名言
サッカーの名言として広く紹介されていても、いつどこで話したのかを確かめられない言葉や、言い回しが媒体によって違う言葉があります。
ペレさんの名前で広まっている「Success is no accident」などの英語の名言の扱いは、ペレの名言を出典と場面つきで紹介した記事にまとめています。
「ボールは汗をかかない」
日本では、クライフさんの言葉として「ボールは汗をかかない」がよく紹介されます。
ただし、オランダ語やスペイン語の原文と、最初に話した場面は確認できませんでした。
Numberの名言集でクライフさんの言葉として載っているのは「ボールは疲れない」という形で、日本語に訳されたり、指導の現場で言い換えられたりするうちに形が変わった可能性があります。
ビル・シャンクリーの「生き死に」の言葉
リヴァプールの名監督ビル・シャンクリーさんの言葉として、サッカーは生きるか死ぬかの問題だと思う人がいるが、それよりずっと大事だ、という趣旨の言葉が世界中で引用されています。
テレビ番組での発言とされることが多いものの、放送の記録や正確な言い回しは確認できませんでした。
広まっている形は、元の発言を短く言い換えたものだという指摘もあるため、引用するときは「シャンクリーの言葉として知られる」と書くのが無難です。
「報われるまで努力するんだ」
日本では、リオネル・メッシ選手の言葉として「努力すれば報われる?違う。報われるまで努力するんだ」がよく紹介されます。
ただし、いつ、どの取材で話したのかを示した記事は見つからず、スペイン語の原文も確認できませんでした。
努力について本人が話した記録として確かめられるのは、2024年12月、インテル・マイアミの本拠地でMLSの年間最優秀選手賞を受けた場での言葉です。
メッシ選手は、ピッチに並んだクラブのアカデミーの子どもたちに夢のために努力し続けてほしいと呼びかけ、「長い目で見れば、犠牲と努力は報われる」と話しました(出典:ESPN Deportes)。
広まっている言い回しを使うときは「メッシの言葉として広まっている」と添え、本人の言葉として紹介したいときは、この受賞の場の言葉を選ぶと安心です。
場面に合うサッカーの名言の選び方
寄せ書きやスピーチ、部活動のミーティングなどで使う言葉を選ぶときは、話した人がどんな状況にいたかと、伝えたい相手の状況が重なるものを選ぶと、言葉がまっすぐ届きます。
目安として、場面ごとに合いやすい言葉を表にしました。
| 使う場面 | 合いやすい言葉 | 人物 |
|---|---|---|
| 試合前のチームの声かけ | 走りすぎても死なない | イビチャ・オシム |
| 負けたあとのミーティング | 本当の勝敗というのは、試合の直後ではなく、その後の人生で決まるのではないでしょうか | ジネディーヌ・ジダン |
| 試合に出られない時期 | 本当に忍ぶ | 長谷部誠 |
| 引退や卒業の寄せ書き | 今日の友達こそ本当の友達だ | デットマール・クラマー |
| 新しいチームに入るとき | 海外でもがいた経験は必ず後で生きる | 中村俊輔 |
短く切り出して使うときも、元の場面を一言添えると、言葉の意味が正しく伝わります。
サッカー以外の競技の言葉もあわせて探すなら、大谷翔平の名言を出典と場面つきで紹介した記事も参考になります。
サッカーの名言に関するよくある質問
サッカーで一番有名な名言は?
日本では、2022年カタールW杯のスペイン戦のあとに三笘薫選手が語った「1ミリかかっていればいいなと思いました」が、近年もっともよく知られた言葉のひとつです。
「新しい景色」は誰の言葉?
森保一監督が使った言葉で、カタールW杯のクロアチア戦後の会見で、ベスト8に届かなかったことを「新しい景色を見ることができなかった」と表現しました。
「ボールは汗をかかない」はクライフの言葉?
クライフの言葉として広まっていますが、原文と話した場面は確認できず、Numberの名言集では「ボールは疲れない」という形で載っています。
サッカーの名言で短いものは?
澤穂希選手の「サッカーの神様、いたね」や、長友佑都選手の「W杯の借りはW杯でしか返せない」が、短くて場面も伝わりやすい言葉です。
海外のサッカー監督の名言を英語で知りたいときは?
モウリーニョ監督の「I think I am a special one」や、クロップ監督の「You have to change from doubter to believer」は、英語の言い回しまで確かめられる言葉です。
サッカーの名言のまとめ
サッカーの名言は、選手と監督、日本と海外に分けたうえで、どの試合や会見で出た言葉かまで知ると、言葉の重みと話し手の意図がよくわかります。
ワールドカップの直後に出た言葉には一瞬の喜びや悔しさが、長いキャリアを振り返った言葉には毎日の積み重ねへの実感が込められています。
一方で、有名な選手の言葉として広まっていても、話した場面を確かめられない言葉もあるので、引用するときは出典を見てから使ってください。
持ち帰りたい言葉を選ぶなら、三浦知良選手の「あのゴールは本当に本能だった」と、デットマール・クラマーさんの「今日の友達こそ本当の友達だ」です。
気になった言葉は、試合の映像や当時の記事で前後の話ごと味わってみてください。