孫正義さんの名言としてよく引かれるのが、創業の日の「豆腐のように1兆、2兆と数える会社にする」や、「脳みそがちぎれるほど考えろ」です。
ただ、孫正義さんの名言として広まっている言葉の中には、本人の講演や著書、インタビューで確かめられないものも少なくありません。
孫正義の名言はネット上の定番表現を無条件に本人の言葉とせず、著書・講演・書簡・インタビューなど確認できる出典を優先し、背景まで読むことで考え方を正確につかめます。
豆腐の言葉は1981年の創業時のものですが、「狂ったほどの努力がないと翼なんか生えてこない」は出典が見つかっていません。
この記事のポイント
- 「豆腐のように1兆、2兆と数える」は1981年の創業時の言葉
- 「頭がちぎれるくらい考えろ」は、正しくは「脳みそがちぎれるほど考えろ」
- 「灯油をかぶって死ぬ」は国会議事堂ではなく、総務省での交渉の場面
- 「狂ったほどの努力がないと翼なんか生えてこない」は出典が見つからない
孫正義の名言一覧
この記事で紹介する主な名言を、場面つきで一覧にします。
| 名言 | 場面 |
|---|---|
| 豆腐のように1兆、2兆と数える会社にする | 日本ソフトバンクの創業時(1981年) |
| 脳みそがちぎれるほど考えろ | 月刊『致知』のインタビュー(32歳のころ) |
| 登りたい山を決める。これで人生の半分が決まる | 新30年ビジョン発表会(2010年) |
| 退却する勇気がないトップは国や会社を滅ぼす | ソフトバンクアカデミアの講義(2010年) |
| 大いに反省しているが、萎縮はしない | 決算説明会(2019年) |
| 髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである | 本人のツイッター(2013年) |
孫正義とは
孫正義さんは、1957年に佐賀県鳥栖市で生まれた、ソフトバンクグループの創業者です。
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に影響を受け、1974年に高校を中退してアメリカに渡り、カリフォルニア大学バークレー校で経済学を学びました。
留学中に音声つきの多言語翻訳機を発明してシャープに売り込み、その資金をもとに、1981年に福岡で日本ソフトバンクを創業しました。
その後、ヤフーの設立、ADSL事業への参入、ボーダフォン日本法人の買収などを経て、2017年からはソフトバンク・ビジョン・ファンドで世界のテクノロジー企業に投資しています。
孫正義さんに30年以上取材してきた井上篤夫さんの伝記は、名言が生まれた場面まで詳しく描いています。
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志とビジョンについての名言
孫正義さんの言葉には、何十年も先を見すえた大きな志が表れています。
豆腐のように1兆、2兆と数える会社にする
1981年に日本ソフトバンクを創業したとき、みかん箱の上に立って、2人のアルバイトの前で語ったと伝えられる言葉です。
豆腐を「1丁、2丁」と数えるのにかけて、売上を「1兆、2兆」と数える会社にすると宣言したもので、創業したばかりの小さな会社でありながら、とてつもなく大きな目標を掲げていたことがわかります。
情報革命で人々を幸せに
ソフトバンクグループの経営理念で、創業以来、孫正義さんが掲げ続けてきた言葉です。
新しいテクノロジーを通じて、世界中の人がより幸せに暮らせるようにしたいという思いが込められていて、ソフトバンクは「300年成長し続ける企業グループ」を目指すとしています。
登りたい山を決める。これで人生の半分が決まる
2010年6月25日、ソフトバンクの新30年ビジョン発表会で語った言葉です。
同じ発表会では、若い人たちに「一回しかない人生を、無駄にしないでください」とも呼びかけていて、まず目指す目標を決めることの大切さを伝えています。
考え抜くことについての名言
孫正義さんは、とことん考えることと、すばやく決めることの両方を大切にしてきました。
脳みそがちぎれるほど考えろ
32歳のころ、月刊『致知』のインタビューで語った言葉です(出典:致知出版社)。
ネットでは「頭がちぎれるくらい考えろ」という形でも広まっていますが、記事では「脳みそがちぎれるほど考えろ」となっていて、問題にぶつかったときは、それくらい考え抜けば道が見えてくるという意味で語られています。
1日に1つ、発明をする
アメリカ留学中、孫正義さんは1日5分を発明の時間にあて、毎日1つずつ発明を考えることを自分に課していたと伝えられています。
この習慣から生まれたのが音声つきの多言語翻訳機で、シャープに売り込んで得た資金が、のちの起業の元手になりました。
10秒考えてわからないものは、それ以上考えても無駄だ
孫正義さんの社長室長を務めた三木雄信さんの著書で紹介されている言葉です。
浅く考えればいいという意味ではなく、10秒でわからないなら問題の立て方が間違っているか、情報が足りないので、すぐに調べ直せという考え方だと説明されています。
ほかの経営者の言葉もあわせて読みたい方は、本田宗一郎の名言を解説した記事も読んでみてください。
挑戦と失敗についての名言
大きな挑戦を続けてきた孫正義さんは、失敗したときの言葉にも、その考え方が表れています。
灯油をかぶって、ここで死にます
2001年ごろ、ADSL事業に参入する際、NTTの回線を使わせてもらう交渉がなかなか進まず、総務省で担当者に迫ったときの言葉として知られています。
ネットでは「国会議事堂で灯油をかぶって死ぬ」と紹介されることがありますが、場所は国会議事堂ではなく総務省で、言い回しも伝えられ方によって少しずつ違います。
退却する勇気がないトップは国や会社を滅ぼす
2010年7月、後継者を育てる「ソフトバンクアカデミア」の講義で、自身の経営の法則「孫の二乗の兵法」を説明したときの言葉です。
同じ講義では「失った3割がもったいないという発想が会社をつぶす」とも語り、勝負に出るのと同じくらい、引き際を見きわめる勇気が大切だと説いています。
大いに反省しているが、萎縮はしない
2019年11月6日の決算説明会で、シェアオフィスのWeWorkへの投資で大きな損失を出したことについて語った言葉です。
「私自身の投資判断がいろいろな意味でまずかった」と認めたうえで、反省しすぎて萎縮するのではなく、前に進み続けると語りました。
孫正義の考え方を表す言葉
孫正義さんの名言の背景には、若いころから大切にしてきた考え方があります。
人生50年計画
19歳のころに立てた計画で、20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で次の世代に引き継ぐというものです。
実際に、24歳で創業し、40代でブロードバンドや携帯電話の事業に乗り出すなど、ほぼ計画どおりに歩んできたことで知られています。
志高く
孫正義さんの座右の銘で、伝記『志高く 孫正義正伝』の題名にもなっている言葉です。
夢は個人の願いにすぎないが、志はその願いを多くの人のためにかなえようとする気概だという考え方で、自分の成功だけでなく、社会をよくする事業を目指す姿勢が込められています。
髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである
2013年1月、ツイッターで薄毛をからかわれたときに、孫正義さん本人が返した言葉です。
経営の名言ではありませんが、自分の弱みをユーモアで前向きに変えてしまう返しとして、大きな話題になりました。
出典が見つからない孫正義の名言
孫正義さんの名言として紹介される言葉の中には、本人の講演や著書で発言元をたどれないものもあります。
「狂ったほどの努力がないと翼なんか生えてこない」
名言まとめサイトでよく紹介されていますが、本人の著書やインタビュー記事で、この言葉の出典は見つかっていません。
「脳みそがちぎれるほど考えろ」など、本人の有名なエピソードの印象から、孫正義さんの言葉として広まったものと考えられます。
そのほかの出典がはっきりしない言葉
「他の人類が進化し続けるから、現状維持は相対的に退化だ」や「苦しい時こそ、船と仲間を命がけで守れる人でなければ、大将になってはいかん」も、出典を確かめられませんでした。
引用するときは、講演や記事など、どこで語った言葉なのかを確かめてから使うのがおすすめです。
孫正義の名言に関するよくある質問
孫正義の「豆腐」の名言とは?
1981年の創業時に語ったとされる「豆腐のように1兆、2兆と数える会社にする」という言葉です。
「頭がちぎれるくらい考えろ」は孫正義の言葉ですか?
月刊『致知』のインタビューでは「脳みそがちぎれるほど考えろ」と語っています。
孫正義の座右の銘は?
「志高く」で、伝記の題名にもなっています。
「狂ったほどの努力がないと翼なんか生えてこない」は本当に孫正義の言葉ですか?
本人の著書やインタビューで、この言葉の出典は見つかっていません。
孫正義の名言まとめ
孫正義の名言はネット上の定番表現を無条件に本人の言葉とせず、著書・講演・書簡・インタビューなど確認できる出典を優先し、背景まで読むことで考え方を正確につかめます。
創業時の「豆腐」の宣言から、失敗を認めながらも萎縮しない言葉まで、孫正義さんの言葉には何十年も先を見る志が一貫しています。
一方で、「狂ったほどの努力」のように、出典が見つからないまま広まっている言葉もあります。
持ち帰りたい一言を選ぶなら、新30年ビジョン発表会で語った「登りたい山を決める」です。
気になった言葉は、講演や伝記にあたって、語られた場面ごと味わってみてください。